僧帽弁閉鎖不全症(MR)の麻酔管理|逆流を抑えるより、まず血圧を守る
僧帽弁閉鎖不全症の犬に麻酔をかけるとき、逆流を抑えようとすると血圧が下がり、血管を締めて血圧を上げようとすると逆流が増えます。この記事はその板挟みをどう抜けるかを整理したものです。心臓目線(逆流量を増やさない)と臓器目線(灌流を保つ)の2つの軸を立て、逆流率を押し上げる3つの要因、吸入麻酔薬の影響、昇圧薬の選び方までをつなげます。読み終えるころには、ステージCの開胸症例まで自分で組み立てられるようになります。
MRの麻酔を、心臓目線と臓器目線で考える
僧帽弁閉鎖不全症(MR)の麻酔の基本戦略は、心臓を見る目線と、臓器を見る目線の2つに分けると整理しやすくなります。
| 目線 | 押さえること |
|---|---|
| 心臓目線 | ①MRの逆流量を増やさない ②心拍出量を正常に保つ |
| 臓器目線 | 血圧を維持することで、臓器の灌流量を保つ |
このように、逆流量を増やさずに末梢の循環を保つ――これがMRの基本戦略になる、と私は考えています。
「逆流量」と「逆流率」を分けて持つ
麻酔中の循環管理を考えるうえで効いてくるのが、逆流率という考え方です。ここでいう逆流率とは、前方に送り出す血液量に対する、MRの逆流量の割合を指します。逆流量そのものとは別物だ、という点が大事です。逆流量が変わらなくても、前方に送り出せる量が減れば、逆流率は上がります。(心エコーで用いる逆流率=逆流量/総拍出量とは分母が異なります。ここでは前方拍出量を分母にした比として扱います。)
逆流率に影響する因子としては、次のようなものが知られています。
- 逆流時の僧帽弁の開口面積
- 収縮期の左房左室圧の格差
- 前方拍出に対する体循環の血管抵抗
- 左房のコンプライアンス
- 逆流の持続時間
逆流率を押し上げる3つの要因と、それが麻酔中に起こる場面
麻酔中は逆流量ないし逆流率を増やさない管理が大切ですが、では何が逆流率を増加させてしまうのか。大きく次の3つが挙げられます。
- 徐脈
- 前負荷の増加
- 後負荷の増加
前負荷が増える経路としては、循環血液量が正常より増えてしまうことのほか、静脈系が収縮して静脈還流量が増えることも、前負荷の増加につながると言われています。後負荷が増える経路としては、動脈系の血管が収縮することや、α受容体の刺激が知られています。
この3つは、麻酔中にありふれた形で起こります。
| 逆流率を上げる要因 | 麻酔中に起こる場面 |
|---|---|
| 徐脈 | 疼痛管理で使うオピオイドによる徐脈/メデトミジンによる徐脈 |
| 前負荷の増加 | 過剰な輸液/疼痛や交感神経刺激、血管収縮薬による静脈系の収縮 |
| 後負荷の増加 | 後負荷を上げるような交感神経刺激/血管収縮薬 |
これらを避けるような麻酔管理が、MRの麻酔では重要になります。
吸入麻酔薬はMRの心臓に何をするか
では、維持麻酔薬としてよく使う吸入麻酔薬は、逆流率に対してどのような変化を及ぼすのでしょうか。正常犬とMR犬のデータを並べてみます。
| 正常犬をイソフルランで維持 | 実験的にMRを罹患させた犬をイソフルランで維持 | |
|---|---|---|
| 1回拍出量 | 低下 | 低下(逆流がある分さらに減る) |
| 心拍数 | 代償性に上昇 | ― |
| 心拍出量 | 減少 | 減少 |
| 血管抵抗 | 用量依存性に減少 | 変化がないか減少 |
| 血圧 | 用量依存性に低下 | 用量依存性に低下 |
| 逆流量・左房圧 | ― | イソフルランの影響はなかったと結論づけられている |
正常犬では、だいたい1.5〜1.75 MAC以上でMAP(平均動脈圧)が60以下になる、というデータがあります。
まとめると、MR罹患例に吸入麻酔薬を使うと、逆流量そのものは変化しないのに前方拍出量が下がり、逆流率は用量依存性に上昇します。結果的に、血圧は正常な犬に比べて下がりやすいということになります。
補足 血圧をどう測るかは講義では触れていません。ここから先の話は、麻酔中に観血的または非観血的な血圧測定を行っていることを前提としてお読みください。
逆流率を悪化させない麻酔管理
逆流率を悪化させないために、麻酔中にできることを整理します。
1. 徐脈傾向を避ける
オピオイドによる徐脈で前方拍出量・血圧が落ちてきたときは、アトロピンやグリコピロレートのような抗コリン薬を使います。心拍数の数字だけを見て反射的に打つのではなく、血圧が保てているかを見て判断します(上げすぎると心筋の酸素消費量が増え、拡張期も短くなります)。メデトミジンは後負荷を跳ね上げるため、MRでは避けるのが基本(相対禁忌)と言われており、私は使いません。
2. 過剰な前負荷・後負荷の上昇を避ける
過剰な輸液を避けます。交感神経刺激になるような痛みや、興奮するような作用の薬を避けます。血管収縮薬の影響を最小限にし、気道内圧も必要以上に上げません。
3. 交感神経刺激を起こさない
十分な麻酔深度を保ち、適切な鎮痛薬を使用します。さらに、挿管時の反射を抑制するために、挿管する際の深度もいつもより少し深めにします。
4. 血圧を保つための血管収縮薬を、過度に使わない
5. 胸腔内圧を上げすぎない
陽圧換気そのものを避ける、という意味ではありません。陽圧をかけると静脈還流(前負荷)が減り、右室の後負荷は上がりますが、左室の後負荷はむしろ下がります(Lumb & Jones『Veterinary Anesthesia and Analgesia』6版 第12章)。ですから、換気は行ったうえで、必要以上に高い気道内圧・高いPEEP(呼気終末陽圧)をかけないという方向で考えます。換気を我慢して二酸化炭素がたまると、それ自体が交感神経刺激になるため、MRではかえって不利に働きます。
補足 開胸手術では陽圧換気が必須です。自発呼吸で管理できるのは、閉胸で換気が保てる症例に限られます(動画でも、この点は画面上に補足を入れています)。
ここまでのMRの基本戦略をまとめると、次のようになります。
- 心拍数をなるべく下げすぎない
- 心収縮力をうまく上げて、前方拍出量を保つ
- 過剰な静脈系の収縮や輸液負荷をせず、前負荷を過剰にしない(前負荷を減らせ、という意味ではありません。足りなければ前方拍出量も落ちます)
- 後負荷が上がると逆流量が増えてしまうので、後負荷も増加させない
逆流を抑えると、今度は血圧が下がる
ところが、こういう管理をしていくと血圧がかなり下がりやすいという問題にぶつかります。特にガス麻酔薬を使っているときは、前方拍出量が減るのに逆流量は変わらないため、正常犬に比べて前方拍出量がかなり落ちてしまう可能性が上がります。
そこで、血圧を保つために次の3つが必要になります。
- ガス麻酔薬の使用量を減らす
- 昇圧薬を適切に用いる
- それでも血圧が上がらない場合の対処を考える
ガス麻酔薬を減らす=バランス麻酔
ガス麻酔薬の使用量を減らす一番いい方法は、バランス麻酔です。ほかの鎮痛薬や鎮静薬を組み合わせて、イソフルランやセボフルランの使用量を減らします。つまりMAC減少効果のある薬を併用するということです。
- フェンタニルやレミフェンタニルのような薬を実験的な高用量まで使うと、MACでいうとだいたい50〜70%程度減少させられると報告されています。ただしこの削減率には頭打ちがあり、臨床で使う用量域での削減幅はもっと小さく、症例差もあります。実際の吸入麻酔薬の濃度は削減率で決めず、麻酔深度を見ながら下げていくことになります。オピオイドを併用することで、かなり血圧は保ちやすくなります。
- プロポフォールの持続静注(CRI)を併用するPIVA(部分静脈麻酔)でも、50〜70%程度のMACが減らせると言われています。
昇圧薬をα1作用とβ1作用で並べる
麻酔中に血圧が下がったとき、どの昇圧薬が適しているか。基本的な概念は、心収縮力を上げ、後負荷を上げすぎない薬がベストと言われています。
よく使う薬を並べると、次のようになります。
| ← α1作用が強い | β1作用が強い → | |||
|---|---|---|---|---|
| フェニレフリン | ノルアドレナリン | エフェドリン | ドパミン | ドブタミン |
この並びで考えると、α1作用が弱く、β1作用が強い薬のほうが、MRの昇圧管理には適切と言われています。
ドパミンの心血管系への影響
ドパミンを5から20γ(γ=μg/kg/min)へ増量していくと、模式的には次のように動きます。
| 増量に伴う変化 | |
|---|---|
| 心収縮力 | 5〜10γで頭打ちになる |
| 血管抵抗 | 10γ以降で上がる |
| 心拍出量 | 10γまで増える |
| 血圧 | 用量依存性に右肩上がりに上昇 |
つまりドパミンは、10γ以上の高用量を使うとα1作用がどんどん強くなってしまうため、低用量から使い始めることが推奨されます。
ドブタミンの心血管系への影響
ドブタミンは、心収縮力を用量依存性に上げ、血管抵抗を用量依存性に下げていく薬です。結果的に心拍出量は増加し、血圧に関してはあまり変わらないと言われています。
β2作用による血管拡張作用で後負荷を下げるので、心臓の逆流量自体は増やしません。さらに心拍出量が増えることで、効率よく昇圧管理ができる可能性があります。私の経験上は、重度のMRであればあるほど、ドブタミンを使うと昇圧管理がうまくいくという感触があります。
こうした影響を踏まえると、MRに対する昇圧薬の選択としては、α1作用が弱くβ1作用が強いドパミンやドブタミンが適していると考えられます。
ドブタミンをMR犬に使ったデータ
実験的にMRを罹患させた犬をイソフルランで維持し、そこにドブタミンを使ったときの心血管系の影響を調べたデータがあります。
- β1作用により、心拍出量は増加
- 逆流量は変化なし
- 左房圧も変化なし
- 逆流量が増えないまま心拍出量が増えるので、逆流率は用量依存性に改善
つまりドブタミンによって、相対的に前方拍出量が効率よく上がっていくという結果です。
この研究で要点になるのは、左房圧を上げずに大動脈圧を上げられたことです。低用量では血圧の変化は目立ちませんが、用量を上げると血圧も上がってきます。ただし、心収縮力を上げる以上、心筋の酸素消費量が増える可能性は常にあり、この点には注意が必要です。
※ 出典:実験的僧帽弁閉鎖不全犬におけるイソフルランとドブタミンの用量反応を調べた研究(Vet Anaesth Analg 2018、PMID 29887228)。ビーグル6頭、呼気終末イソフルラン濃度 1.0/1.5/2.0%、ドブタミン 2〜12 μg/kg/min。
実際の組み立て――MRステージC・開胸肺葉切除の例
ここまでのデータをもとに、私がMR症例の麻酔・昇圧管理をどう組み立てているかを順番に示します。ここで言うMRステージCとは、ACVIM分類で心不全徴候が出た、または出たことがある段階を指します。
① ベースはガス麻酔薬。その使用量を減らすためにバランス麻酔
比較的高濃度のオピオイドを使うことが多く、そうすることで血圧は維持しやすくなるという印象があります。
② 昇圧薬はドパミンまたはドブタミン
ドブタミンを使うと、相対的に前に送り出せる血液の量が多くなり、逆流率が減少します。これによっても血圧を維持しやすくなります。
③ それでも血圧を維持できない場合
血管拡張作用を軽減するために、少ない量からノルアドレナリンのような血管収縮薬を使います。あるいは、ガス麻酔に代わるものとしてプロポフォールのTIVA(全静脈麻酔。吸入麻酔薬を使わない方式)を代替的に行います。
④ さらに次の選択として
前負荷を上昇させすぎないレベルでの輸液負荷、静脈系を収縮させるような血管収縮薬。
ただし、やりすぎには注意が必要です。血管拡張作用を打ち消そうとして後負荷を上げすぎると、逆流率がかえって増加します。輸液の負荷などで左房圧が上がると、特に術後に肺水腫になるリスクが上がってしまう危険性があります。この2つを念頭に置いたうえで昇圧管理を行うことが多いです。
症例例:MRステージC、開胸で肺葉切除
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 導入 | ミダゾラムとフェンタニルを用いて、なるべくプロポフォールの用量を減らす。交感神経の刺激も減らせる導入方法だと考えています |
| 鎮痛 | フェンタニル 10〜30 μg/kg/h |
| 維持 | イソフルラン 1.0%前後。血圧が保ちづらい重症のMR症例では、プロポフォールのTIVAで管理することもあります |
| 局所麻酔 | 肋間神経ブロックによるプラスの鎮痛処置 |
| 輸液 | 晶質液 3〜5 mL/kg/h 程度(なるべく多くしない) |
| 徐脈対策 | グリコピロレートやアトロピン(抗コリン薬) |
| 昇圧薬 | ドブタミン、ドパミン |
※ 昇圧薬の使い始めの用量と増やし方は、同シリーズの「血圧の式の、どこを動かすのか|昇圧薬をαとβで整理する」で扱っています。
まとめ
- MR症例の麻酔で最も困るのは、逆流量が増える分だけ前方拍出量が減り、血圧の維持がしにくくなること。そこに過剰な介入をしすぎると、肺水腫のリスクが上がる
- 逆流量を上げないことを考えすぎた結果、血圧が保てず末梢への循環が保たれなければ、体はもたない方向に行ってしまいます。だから基本的には、逆流量の増加よりも血圧の維持が優先されるべきと考えられています
- 逆流量を上げずに血圧を上げる。このバランスがとても難しく、順番が効いてきます
- バランス麻酔(PIVA=部分静脈麻酔)で吸入麻酔薬の量を減らします。血圧が保てない重症例ではTIVA(全静脈麻酔)へ切り替える
- そこに強心薬を組み合わせて昇圧管理を図る
- それでもダメだった場合に血管収縮薬を使う
この順番が、安全に麻酔管理を行っていくうえで大切なのではないか、というのが今回のまとめです。
この記事の元になった講義
疾患別の麻酔 第1回「僧帽弁閉鎖不全症(MR)の麻酔管理」(22分39秒)
https://youtu.be/STV0BUqNJR0
講師:風間 匠(DVM, MS, DACVAA/米国獣医麻酔疼痛管理専門医)
※本記事は2023年12月に収録した講義をもとに構成しています。薬の効き方や量の考え方は変わりませんが、製剤の入手性や法令上の扱いは収録後に変わっているものがあります。
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