犬猫の局所麻酔入門|基本手技と安全な薬剤選択ガイド
「局所麻酔は入れたほうがいい」とは聞くけれど、どの薬をどれだけ、どの手技から始めればいいのか。この記事はその最初の一歩をまとめたものです。対象は、これから局所麻酔を日常の麻酔に組み込みたい一次診療の先生方です。この記事では、いちばん使う薬2つと、始めやすい手技4つに絞ります。読み終えるころには、明日の症例で使う薬とその量、そして万一のときに何を何番目にやるかが、迷わず出てくるようになります。
なぜ局所麻酔を組み込むのか ― マルチモーダル鎮痛の中で
局所麻酔は、条件が合う症例なら標準的に組み込んでよい鎮痛手段です。その理由は、マルチモーダル鎮痛という考え方そのものにあります。
局所麻酔は、神経の電気信号を一時的に止めて、決まった範囲の感覚――とくに痛覚――を消す技術です。一方のマルチモーダル鎮痛は、効き方の違う鎮痛法を組み合わせ、一つひとつの薬の量を減らしながら全体の効果を上げる設計を指します。オピオイド、NSAIDs、局所麻酔薬、低用量のケタミンなどを重ねます。
つまり局所麻酔は、単独で完結する技術ではありません。全身麻酔と重ねて初めて本領を発揮します。併用で得られるものは、次の3つに集約できます。
- 吸入麻酔薬の必要量が減る ― MAC(最小肺胞濃度)が下がり、循環への影響が軽くなります
- 術後鎮痛の質が上がる ― 痛みの入力を末梢で止めるため、中枢感作の予防にもつながります
- オピオイドの量を減らせる ― 呼吸抑制や消化管の動きの抑制といった副作用が減ります
薬は2つ覚えれば足りる ― リドカインとブピバカイン
効くしくみ
局所麻酔薬は、神経細胞膜のナトリウムチャネルをふさぎ、活動電位が伝わるのを止めます。ここで臨床上たいせつなのは、遮断される順番です。まず血管が広がり、次に温度覚、鋭い痛覚、軽い触覚の順に消えて、運動がいちばん最後に落ちます。最初に遮断されるのは自律神経の B 線維で、痛覚と温度覚を運ぶ Aδ 線維・C 線維がそれに続きます(Erlanger と Gasser の分類)。硬膜外麻酔で血圧が下がるのは、この B 線維が真っ先に落ちるためです。
なお「細い線維だから先に効く」という説明をよく見かけますが、これは実験結果と合いません。単離した神経では A 線維のほうが C 線維より感受性が高く、太さだけでは順番を説明できないことが分かっています。髄鞘の有無、薬に触れる神経の長さ、神経束の中での並び方など、複数の要因が絡みます。臨床で使ううえでは「痛覚が先に、運動が後に落ちる」という観察を押さえておけば十分です。
2つの薬の比べ方
| リドカイン(lidocaine) | ブピバカイン(bupivacaine) | |
|---|---|---|
| 分類 | アミド型局所麻酔薬 | アミド型局所麻酔薬 |
| 効き始め | 速い(2〜5分) | やや遅い(5〜15分) |
| 効いている時間 | 60〜120分(アドレナリン添加で延長できる) | 240〜480分(4〜8時間) |
| 最大用量(犬) | 6〜10 mg/kg(VAA 6e 第29章) | 2 mg/kg |
| 最大用量(猫) | 3〜5 mg/kg | 1 mg/kg |
| 強み | 速効性。全身投与(IV-CRI)では抗不整脈作用・鎮痛作用も期待できる | 長く効くこと。術後鎮痛としてとても有用 |
猫のブピバカインは犬の半量です。肝代謝能の制限から、慣行として犬の約半量を上限とします(VAA 6e 第29章は猫 1〜1.5 mg/kg。本記事は下限を採ります)。犬の用量を流用しません。
どちらを選ぶか
- 短時間の処置で、すぐ効いてほしいとき ― リドカインが第一選択です
- 術後の鎮痛を長く持たせたいとき ― ブピバカインが第一選択です
- 両方ほしいとき ― リドカインとブピバカインを混ぜて使います。このとき、それぞれの最大用量を超えないよう配分します
猫はリドカインの全身毒性に対する感受性が犬より高いことに注意してください。猫では最大用量を厳守し、血管内への誤注入を避けることに特に気を配ります。
手技は4つ ― 導入しやすい順に
薬の性格がつかめたら、次はそれをどうやって患者に届けるかです。ここでは、始めやすい順に4つ紹介します。
1. 局所浸潤麻酔
超音波装置も特別な技術も要りません。どの施設でも今日から始められる手技です。手術部位の皮下や組織に局所麻酔薬を直接しみ込ませる、いちばん基本の形になります。
- 適応 ― 皮膚の切開部位、小さな腫瘤の切除、ドレーンの刺入部
- やり方 ― 切開ラインに沿って皮下に注入します。1か所から扇状に広げる多点注入が効果的です
- 薬剤 ― リドカイン 0.5〜1%、またはブピバカイン 0.25〜0.5%
2. 歯科の神経ブロック
抜歯は骨を触る処置です。「痛くない手術」という印象とは裏腹に、鎮痛の優先度は高くなります。歯科の神経ブロックは、この領域でいちばん見返りの大きい手技です。効かせておくと術中の吸入麻酔薬がぐっと減り、覚醒の質も良くなります。
- 下顎歯槽神経ブロック ― 下顎の歯・歯肉・下唇
- 眼窩下神経ブロック ― 上顎の切歯・犬歯・前臼歯・上唇・鼻
- 薬剤 ― ブピバカイン 0.25〜0.5%(長く効かせるため)
- 注入量 ― 1か所あたり 0.1〜0.3 mL(体格による)
3. 硬膜外麻酔
脊髄の硬膜外腔に局所麻酔薬やオピオイドを入れ、後躯の広い範囲に鎮痛をかける手技です。効果は大きいのですが、適応と禁忌の見極めが要ります。
- 適応 ― 後肢の整形外科手術、会陰部の手術、帝王切開
- 穿刺部位 ― 腰仙部(L7-S1)
- 薬剤 ― ブピバカイン 0.25% ± 防腐剤無添加モルヒネ(0.1 mg/kg)。防腐剤入りの製剤を硬膜外に入れてはいけません(神経毒性の回避のため必須です)
- 注入量の目安 ― 後肢だけなら 0.2 mL/kg、腹部まで届かせるなら 0.3 mL/kg
硬膜外麻酔で気をつけることは4つあります。
- 低血圧 ― 交感神経が遮断されて血管が広がるため起こりえます。事前に輸液を準備しておいてください
- 頭側への進展 ― 注入量が多すぎると、前肢や呼吸筋までブロックが及ぶことがあります
- 穿刺部位の感染 ― これは絶対禁忌です
- 凝固異常 ― 硬膜外血腫のリスクがあるため注意が要ります
抗血小板薬・抗凝固薬を飲んでいる症例
獣医領域には、抗血栓療法中の神経軸ブロックについての専用ガイドラインがありません。ヒトの ASRA(American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine)ガイドラインからの外挿になります。
その ASRA は、アスピリン単剤・NSAIDs 単剤では神経軸ブロックを制限せず、休薬も不要としています。一方でクロピドグレルは最終投与から7日あけることを推奨しています。猫の心筋症・動脈血栓塞栓症でクロピドグレルを飲んでいる症例には実際に出会うので、この薬はとくに確認してください。
抗血小板薬を2剤併用している症例や、凝固検査に異常がある症例では、硬膜外を避けて末梢神経ブロックに切り替えるのが安全です。
4. 超音波ガイド下の神経ブロック
超音波を使うと神経の位置が見えるので、少ない薬で確実に効かせられます。獣医領域でも報告が増えている手技です。装置と手技の習得が前提になるため、ここは段階的に積み上げていきます。
代表的なものは次の3つです。
- 腕神経叢ブロック ― 前肢の手術
- 大腿神経・坐骨神経ブロック ― 後肢の手術
- TAP(腹横筋膜面)ブロック ― 腹部手術の術後鎮痛
局所麻酔薬中毒(LAST)― 見分け方と防ぎ方
手技の話をした以上、事故の話を避けては通れません。局所麻酔薬は、「効く量」と「毒になる量」が地続きの薬です。
血中に薬が入りすぎたとき、あるいは血管内へ誤って注入したときに、全身に毒性が出ます。これを局所麻酔薬中毒(LAST:local anesthetic systemic toxicity)と呼びます。
毒性は、中枢神経から心血管へと段階的に進みます。
- 初期(中枢神経の症状) ― 舌や口の周りのしびれ、不安・興奮、筋攣縮・振戦、全身性の痙攣の順に進みます
- 後期(心血管の症状) ― 徐脈、低血圧、不整脈、心停止の順に進みます
起こさないための手立ては4つです。
- 用量を守る ― 体重あたりの最大用量を計算してから調製します
- 吸引する ― 注入前に注射器を引き、血液が返ってこないことを確かめます
- 分けて入れる ― 一度に全量を入れず、少しずつ入れながら反応を見ます
- アドレナリンを足す ― 血管が縮んで局所からの吸収が遅くなり、安全域が広がります
緊急時の対応 ― LAST プロトコル
局所麻酔薬中毒は、数分で致死的な不整脈や心停止に至ります。次を順番どおりに、すぐ行ってください。
- 局所麻酔薬の投与をただちに中止し、応援を呼ぶ
- 気道を確保し、100% 酸素を投与する ― このとき過換気にしないでください。血液がアルカリに傾くと局所麻酔薬が神経内に閉じ込められ、毒性が長引きます
- 痙攣が出たら ― ミダゾラム 0.2 mg/kg IV、またはジアゼパム 0.2〜0.5 mg/kg IV。循環が不安定な症例に大量のプロポフォールは使いません
- 心血管が破綻したら ― CPR を開始し、脂質乳剤(20% イントラリピッド)1.5 mL/kg を IV でボーラス投与する
- 脂質乳剤を続ける ― 0.25 mL/kg/min を、循環が安定してからさらに10分続けます。30分間で 10〜12 mL/kg を超えないでください
- アドレナリンは通常の10分の1から ― CPR で使うアドレナリンは、LAST では 1 μg/kg IV 以下を目安に少量から漸増します。RECOVER の通常量(10 μg/kg)をそのまま入れると10倍過量になり、脂質乳剤との併用下で不整脈や肺水腫を悪化させます
使ってはいけない薬があります。 リドカインをはじめとするナトリウムチャネル遮断作用のある抗不整脈薬、バソプレシン、カルシウム拮抗薬、β遮断薬は、LAST の場面では避けます。またプロポフォールは脂質乳剤の代わりになりません(必要な脂質量にまったく足りず、循環抑制を上乗せするだけです)。
脂質乳剤(lipid rescue)は、局所麻酔薬中毒でとくにブピバカインの心毒性に対して救命できた報告が積み重なっている治療です。臨床の比較試験はありませんが、ASRA も「大きな神経ブロックを行う施設は 20% イントラリピッドを常備すべき」としています。局所麻酔を行う施設は、救急薬として置いておいてください。
まとめ
- 局所麻酔はマルチモーダル鎮痛の中核です。条件が合う症例には標準的に組み込みます
- 覚える薬は2つ。リドカインは速く効き、ブピバカインは長く効きます
- 用量は必ず体重から計算します。猫は犬の半量が目安で、犬の量を流用しません
- 手技は局所浸潤麻酔から始めます。次に歯科ブロック、硬膜外、超音波ガイド下と広げていきます
- 硬膜外は効果が大きい反面、低血圧・頭側進展・感染(絶対禁忌)・凝固異常の4つに気をつけます
- 事故を防ぐ4つは、用量遵守・吸引・分割注入・アドレナリン添加です
- 脂質乳剤は救命の報告が積み重なっています。施設に置いてください
- LAST の心停止では、アドレナリンを通常の10分の1(1 μg/kg 以下)から使います
局所麻酔は、比較的低いコストで鎮痛の質を大きく変えられる技術です。まずは局所浸潤麻酔から始めて、手技のレパートリーを1つずつ増やしていってください。
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