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腹部神経ブロック5種の選び方TAP・QL・ESP・レクタスシース・硬膜外

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腹部手術の痛みは、1種類ではありません。体壁を切る痛み(体性痛)と、腹腔内の臓器を引っ張り操作する痛み(内臓痛)という、性質の違う2系統が同時に走ります。単一のブロックで両方をカバーするのは難しいので、術式・手術部位・期待する効果から逆算して使い分けることになります。この記事では犬猫の腹部神経ブロック(TAP、QL、ESP、レクタスシース、硬膜外)を、神経支配の解剖から各手技の適応・制限まで整理します。読み終えるころには、開腹の術式を聞いた時点でブロックの組み合わせが浮かぶようになります。


1. 腹壁の神経支配:T10〜L3の分布

腹壁を支配する感覚神経は、次の脊髄分節から分かれてきます。

脊髄レベル 支配領域
T10〜T12 上腹部(肋骨弓周辺、剣状突起〜肋骨下縁)
T13〜L1 中腹部(臍周辺)
L2〜L3 下腹部(鼠径部〜恥骨)

ブロックは術式から逆算して選びます。この分布図が、その出発点です。


2. 神経の「3つの経路」と対応ブロック

脊髄から出た神経は、腹壁・腹腔に向かって3方向に分かれます。それぞれの経路に、対応するブロックがあります。

経路 解剖学的走行 対応ブロック カバー範囲
腰方形筋-腸腰筋筋膜面(腹側枝+交感神経幹への拡散) 椎体外側を尾側方向に走行 QLブロック 内臓痛+体壁痛(交感神経幹への到達は筋膜面への二次拡散であり、到達率は報告によって異なる)
背側枝 脊柱起立筋下の筋膜面を後方へ ESPブロック 背側皮神経
腹側枝 肋間を通り腹壁筋層間を腹側へ TAPブロックレクタスシース 腹壁体性痛

この3経路のマップが、以降ずっと判断軸になります。


3. 硬膜外麻酔の獣医における適応制限

ここでいう硬膜外麻酔は、局所麻酔薬の硬膜外投与を指します。防腐剤無添加(保存剤フリー)モルヒネの単回硬膜外投与は頭側の皮膚分節まで鎮痛が及ぶため、上腹部の手術や開胸でも用いられます(開胸で最大 0.3 mL/kg の容量。運動遮断や交感神経遮断は起こしません)。以下の制限は、局所麻酔薬に固有のものです。

獣医では、局所麻酔薬による硬膜外麻酔の適応を下腹部に限定します。人医療では胸椎レベルからカテーテルを入れて上腹部まで鎮痛する方法が確立していますが、それをそのまま獣医に持ち込めない理由が3つあります。

まず解剖です。四足歩行動物では脊髄分節が後方まで及び、ヒトとは腰椎との相対位置が違います。L7-S1から入れた薬がどこまで頭側に広がるかは、距離も速度も予測しづらいのです。

次に管理です。硬膜外カテーテルの長期留置は感染・汚染のリスクが高く、術後のICU管理体制が限られる施設では現実的ではありません。

そして上腹部適応の問題です。L7-S1から注入した局所麻酔薬の頭側への拡散は薬液量・濃度・体格に依存して再現性が低く、極端な場合は頸部レベルまで届いて横隔膜麻痺を起こすリスクがあります。

臨床判断のポイント: 局所麻酔薬による硬膜外麻酔は、下腹部手術(膀胱切開、会陰部手術等)に限定して使います。上腹部・中腹部の手術では、他の領域麻酔を第一選択にします。


4. TAPブロック(腹横筋膜面ブロック)

4.1 解剖学的根拠

腹壁の腹側枝は、腹横筋(transversus abdominis)と内腹斜筋(internal oblique)のあいだを走っています。この層が筋膜面(neurofascial plane)です。この筋膜面に局所麻酔薬を浸潤させれば、複数の体壁神経枝を一度にブロックできます(プレーンブロック)。

4.2 手技と用量

アプローチは、犬ではサブコスタル(肋骨下)とラテラル(側腹部)の2点が推奨されます。猫では3点法(サブコスタル+レトロコスタル+プレイリアック)のほうが、標的神経の染色率が高くなります(92.6% vs 2点法66.7%、Otero 2021 猫屍体)。2点法では T13・L1 にギャップが出ます。猫で3点に分ける場合も、合計量は下表の総量の中で配分してください。薬剤はブピバカイン 0.25%(推奨濃度)またはロピバカイン 0.5%です。

用量は、犬と猫で最大用量(9章)が違うため、mL/kg を犬・猫それぞれに個別設定します。猫はブピバカイン・ロピバカインとも上限が犬の半量前後です(肝代謝能の制限から、慣行として保守的な上限を採ります)。犬の mL/kg をそのまま流用しません

下表の値はすべて「動物1頭あたりの総量」です。両側に施行する場合は、左右の合計がこの値に収まるよう各点の容量を配分してください。例として、猫にブピバカイン0.25%で両側2点=計4点を打つ場合、1点あたり 0.075 mL/kg になります。

動物種 薬剤(濃度) 1か所 2か所(各部位/総量)
ブピバカイン 0.25%(2.5 mg/mL) 0.5 mL/kg(1.25 mg/kg) 0.3 mL/kg×2(総量 0.6 mL/kg=1.5 mg/kg)
ロピバカイン 0.5%(5 mg/mL) 0.25 mL/kg(1.25 mg/kg) 0.15 mL/kg×2(総量 0.3 mL/kg=1.5 mg/kg)
ブピバカイン 0.25%(2.5 mg/mL) 0.3 mL/kg(0.75 mg/kg) 0.15 mL/kg×2(総量 0.3 mL/kg=0.75 mg/kg)
ロピバカイン 0.5%(5 mg/mL) 0.15 mL/kg(0.75 mg/kg) 0.075 mL/kg×2(総量 0.15 mL/kg=0.75 mg/kg)

9章の最大用量は、ブピバカイン 犬2 mg/kg・猫1 mg/kg、ロピバカイン 犬3 mg/kg・猫1.5 mg/kg です。表の値はいずれもこの範囲内で、とくに猫は上限に対して25%以上の余裕を残す設計にしてあります(ブピバカインで上限の75%、ロピバカインで50%)。

総量管理(TAP/QL は大容量ブロック):ブピバカインは 0.25% を基本とし、0.5% を使う場合は容量を抑えます(例: 0.25% × 0.5 mL/kg = 1.25 mg/kg。この値は猫の上限1 mg/kgの125%にあたるため、猫には用いません)。両側施行では左右の合計量で最大用量内に収め、希釈して容量を確保します。猫で容量が足りず筋膜面への拡がりが得られない場合は、濃度を 0.125%(1.25 mg/mL)まで下げて容量を確保します(例:猫 0.125% × 0.3 mL/kg×2部位=総量 0.75 mg/kg)。他の局所麻酔ブロック・浸潤麻酔を併用する場合は、全ブロックの合計量で最大用量内に収まっているか再確認してください。

4.3 適応とカバー範囲

サブコスタルとラテラルを組み合わせると、おおむねT10〜L3をカバーします。適応は、開腹手術(OHE、膀胱切開、胃切開、腸切除)、腹壁腫瘍切除、乳腺腫瘍切除です。

4.4 実践テクニック

単一の注入点だけでは、薬液の広がりは同心円状に限られます。針を筋膜面に沿って前進させながら、複数か所に少量ずつ分割注入すると、前後方向への広がりが良くなります。

4.5 制限

注入部位より頭側にはほとんど広がりません。内臓痛はカバーできません(腹側枝のブロックに限定されるからです)。上腹部の大切開(肝臓手術、メルセデス切開)では、肋間神経ブロックまたは傍椎体ブロックの併用が望まれます。


5. QLブロック(腰方形筋ブロック)

5.1 解剖学的根拠

腰方形筋(quadratus lumborum)と腸腰筋(psoas major)のあいだの筋膜面に薬液を浸潤させます。ここは神経が分岐するより近位で、薬液が筋膜面に広がりやすい場所です。

5.2 最大の特徴:内臓痛カバーの可能性

QLブロックの薬液は、交感神経幹の走行領域にも到達する可能性があります。そのため体壁の体性痛に加えて、内臓痛もブロックできる可能性があります。猫のカダバ研究では、sympathetic trunk および splanchnic 神経への薬液拡散が確認されています(dos-Santos ら 2021, VAA 48:804-808)。なお交感神経幹に薬が届くということは、両側に施行すれば血圧への影響がありえるということでもあります。両側QLでは血圧を注視してください。ただし in vivo での内臓鎮痛効果は臨床エビデンスの蓄積が進んでいる段階で、確実性の判断には今後の研究の積み重ねが必要です。腹腔内臓器の牽引・操作に伴う痛みへの効果も期待されています。

5.3 手技概要

動物を側臥位にし、背側からエコープローブを当てます。椎体の外側で腰方形筋と腸腰筋の境界面を同定し、その筋膜面に針を進めて局所麻酔薬を浸潤させます。

5.4 適応

QLブロックの主な適応は次のとおりです。

  • 上腹部から中腹部の腹腔内手術(肝臓手術、脾臓手術、胃腸手術)
  • 内臓痛のカバーが必要な症例
  • 開腹術後の持続鎮痛

継続鎮痛を目的としたカテーテル留置については、症例単位での報告があります。

:猫ブピバカインは犬の半量(最大 1 mg/kg)に準拠します。肝代謝能の制限から、慣行として犬の約半量を上限とします(VAA 6e 第29章は猫 1〜1.5 mg/kg。本表は下限を採ります)。心毒性に留意し、両側・複数部位では合計量で管理してください。

5.5 制限

T10〜T11の最上位レベルには届きにくいケースがあります。剣状突起付近を含む大切開では、肋間神経ブロックの併用を検討してください。


6. ESPブロック(脊柱起立筋面ブロック)

6.1 解剖学的根拠

脊柱起立筋(erector spinae muscle)の下の筋膜面に局所麻酔薬を浸潤させます。主目的は背側枝のブロックですが、薬液量が十分なら傍椎体腔へ広がる可能性もあります。

6.2 主な適応

ヘミラミネクトミー、椎間板ヘルニア手術、背側の脊椎手術です。

6.3 開腹術への応用

ヒト医療では、薬液量を十分に投与すると腹側にも効果が及ぶという報告があります。獣医でも開腹術への応用が報告され始めていますが、2025年時点では限定的で、今後のエビデンス蓄積が課題です。


7. レクタスシースブロック(腹直筋鞘ブロック)

7.1 解剖学的根拠

腹直筋鞘の中には腹壁神経の終末が走っています。この鞘内に局所麻酔薬を浸潤させると、白線部分の感覚を遮断できます。

7.2 適応

腹部正中切開のみです。中・小型犬猫のOHEや膀胱切開など、正中切開だけが切開部になる場合に使います。

7.3 制限

側腹部の感覚はカバーできません。切開範囲の広い開腹術には、TAPやQLのほうが向いています。


8. 術式別ブロック選択マップ

術式 推奨ブロック組み合わせ
OHE(中型犬・正中切開) TAP(2点)or レクタスシース
卵巣摘出(小型犬猫) TAP単独 or レクタスシース
膀胱切開 硬膜外(下腹部向き)or TAP
胃切開 TAP + 肋間神経ブロック(上腹部追加)
脾臓摘出 QLブロック(内臓痛カバー)
肝臓部分切除 QL + 肋間神経ブロック
腸切除・吻合 QL or TAP(広範カバー)
腹腔内腫瘍摘出 QL(内臓痛優位)
体表腫瘍切除(腹壁) TAP(局所適応)
ヘミラミネクトミー ESP

9. 局所麻酔薬の用量管理

複数部位のブロックでは、局所麻酔薬の総量管理が要になります。

薬剤 犬 最大用量 猫 最大用量
リドカイン 6〜10 mg/kg(VAA 6e 第29章) 3〜5 mg/kg(複数部位ブロックでは総量で管理する)
ブピバカイン 2 mg/kg 1 mg/kg(犬の半量。肝代謝能の制限から、慣行として犬の約半量を上限とします(VAA 6e 第29章は猫 1〜1.5 mg/kg。本表は下限を採ります))
ロピバカイン 3 mg/kg 1.5 mg/kg(VAA 6e 第29章。文献により 2 mg/kg まで記載あり)

注意: 上記は一般的な目安です。最新ガイドライン・施設プロトコルとの整合を確認してください。複数部位ブロックでは希釈・分割投与でボリュームを確保します。猫へのリドカインは全身毒性のリスクに注意し、複数部位ブロックでは原則としてロピバカインまたはブピバカインを優先します。


10. まとめ

  • 腹壁の神経支配(T10〜L3)と神経の3経路(内臓側・背側・腹側)を地図として持つことが、ブロック選択の出発点です
  • 局所麻酔薬による硬膜外麻酔は下腹部に限定します。上腹部は他の領域麻酔か、防腐剤無添加モルヒネの硬膜外で対応します
  • TAPブロックは腹壁の体性痛をカバーします。QLブロックは内臓痛を含めたカバーの可能性がありますが、内臓鎮痛の in vivo エビデンスは蓄積中です
  • ESPブロックは背側手術の第一選択、レクタスシースブロックは正中切開専用です
  • 用量は「1頭あたりの総量」で考えます。両側・複数部位では合算し、容量が欲しいときは希釈で確保します

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