犬猫の後肢神経ブロック|坐骨・大腿・伏在・腰神経叢の使い分け
後肢の手術は、神経ブロックを使うかどうかで景色が変わります。全身麻酔薬の量、術後鎮痛の質、覚醒の安定 ―― どれもです。硬膜外麻酔も選択肢の一つですが、両側が麻痺して術後に歩けなくなるという代償がつきます。だから片側だけを選択的に止められる末梢神経ブロックの出番が広がっています。この記事では犬猫の後肢ブロックを坐骨神経・大腿神経・伏在神経・腰神経叢の4系統に整理し、解剖・手技・適応を順に見ていきます。読み終えるころには、術式からブロックの組み合わせと総量の計算までを一続きで組めるようになります。
1. 後肢の神経支配:解剖学的基礎
後肢の主要な神経は、2本に集約されます。
| 神経 | 由来脊髄レベル | 支配領域 | 刺激時の動き |
|---|---|---|---|
| 大腿神経(femoral nerve) | L4〜L6 | 前面・内側(伸筋群、膝伸展) | 後肢を蹴り出す動き |
| 坐骨神経(sciatic nerve) | L6、L7、S1(一部S2寄与あり) | 後面・外側(屈筋群、膝以下の大部分) | 後肢の屈曲 |
覚え方は「前内側=大腿神経、後外側=坐骨神経」の二分法です。膝のダーマトーム(皮膚知覚領域)は主に大腿神経が支配し、膝から下の体表感覚は坐骨神経の分枝(脛骨神経・腓骨神経)が大部分を担います。例外が後肢の内側面で、ここは大腿神経の枝である伏在神経(saphenous nerve)の担当です。
2. 硬膜外麻酔の適応制限
硬膜外麻酔(L7-S1アプローチ)は習得しやすく、広く使われています。ただ後肢手術では3つの制限があります。片側の手術でも両側が麻痺すること。完全に覚めるまで立てない・歩けないこと。そして高齢動物や術後ケアの手が限られる施設では、転倒のリスクが現実の不利益になることです。
臨床判断のポイント: 両側麻痺が許容される手術(会陰部手術、両側TPLO等)には硬膜外が選択肢になります。一方、片側だけの整形外科手術では、選択的な末梢神経ブロックを推奨します。
3. 坐骨神経ブロック
3.1 古典的アプローチ(臀部〜大腿近位レベル)
坐骨神経は太く、エコーで見つけやすい神経です。ビギナーが最初に習得すべきブロックと言われるのは、この視認性の良さのためです。
手技はこう進めます。動物を側臥位にして、上になる後肢を伸展させます。大腿骨の外側、坐骨結節と大転子のあいだにプローブを当て、大腿骨と坐骨結節のあいだを後方へ抜けていく坐骨神経を同定します。神経の周囲に局所麻酔薬を浸潤させれば完了です。
適応は膝関節から下の手術です。足根関節手術、下腿の手術、爪切除などが該当します。
3.2 パラサクラル坐骨神経叢ブロック
近位部の手術には、坐骨神経が神経叢を形成し始めるレベルで止めるほうが向いています。寛骨臼の外側にプローブを当て、神経叢の層を確認します。プローブを近位に動かすと神経が「内側→外側」へ移動して見えるので、外側に出てくるレベルで薬を浸潤させると刺しやすくなります。
適応は断脚、近位部の腫瘍切除、根元側に切離面が及ぶ手術です。
4. 大腿神経ブロック:3つのアプローチ
大腿神経ブロックには、深さの違う3つのアプローチがあります。止める神経は同じで、目的に応じて深さを使い分けます。
| アプローチ | レベル | 特徴・使い所 |
|---|---|---|
| 古典的(フェモラルブロック) | 大腿動脈伴走部 | 神経刺激装置時代の伝統的手法。動脈触知側にアプローチ |
| 腸腰筋レベル | 腸腰筋内 | 神経が筋肉内を走行する部位でブロック |
| 腰神経叢ブロック(lumbar plexus block) | 神経叢形成部 | 最も近位・根元。適応が近位に及ぶときに |
4.1 腰神経叢ブロック
腰神経叢レベルの持ち味は、近位の広い範囲を1回でカバーできることです。ただし手技の難易度は鼠径部アプローチと同等とされ(Read 2024 はどちらも Intermediate)、単回の大量注入では硬膜外・腹腔内への拡散が起こることがあります。後ろ向き95例中1例で両側の運動欠損が報告されています(VAA 6e 第60章)。断脚など、適応が近位に及ぶ症例で選んでください。
手技はこう進めます。動物を側臥位にしてプローブを横方向に当て、直腸の音響陰影と外腸骨動脈の拍動を目印にプローブを腹側へ押し込みます。椎体の上に「ステーキ状」に見える腸腰筋を同定したら、大腿神経の神経叢層に針先を進めて局所麻酔薬を浸潤させます。
適応は断脚、大腿部の手術、大腿神経単独では対応できない近位部の手術です。
4.2 古典的アプローチの注意点
大腿神経は大腿三角で大腿動脈の頭側かつ深部に位置します(頭側から N-A-V の順です)。大腿三角に出たあたりで伏在神経を分枝し、本幹は大腿四頭筋に入ります。動脈の触知だけを目印にすると、神経が腸骨筋膜と大腿直筋尾側筋膜の深部にあるため、筋内注入に終わりやすくなります。エコーガイド下で筋膜の貫通と針先の神経への近接を確認してから、注入してください。
5. 伏在神経ブロック:歩行温存の選択肢
伏在神経ブロックの価値は、感覚枝だけを選択的に止められることです。大腿神経ブロックでは運動神経も一緒に止まってしばらく歩けなくなりますが、伏在神経なら術後の歩行機能が残ります。
解剖はこうです。伏在神経は大腿神経から分かれ、後肢の内側を浅い層で走ります。大腿動脈・大腿静脈と同じ筋膜面に伴走し、後肢内側の体表感覚を支配しています。
手技では、大腿の内側、大腿動脈が伴走するレベルにプローブを当て、動脈・静脈と同一プレーン上の神経を同定して局所麻酔薬を浸潤させます。
適応は、足根関節周囲の手術(坐骨神経ブロックと併用します)、下腿内側の腫瘍切除、そして歩行温存が要る症例 ―― 高齢動物や、術後早期の退院を希望されるケースです。
6. 陰部神経ブロック
S1〜S3由来(犬。猫では S2〜S3)の陰部神経を止める手技で、会陰部と尿道を支配しています。動物を伏臥位にして肛門括約筋の外側にプローブを当て、神経が走る筋膜面に薬を浸潤させます。
適応は会陰ヘルニア手術、断尾、尿道手術です。ただし実臨床では効果の安定性に個体差があります。確実な会陰部鎮痛を求める場合は、両側麻痺を許容したうえで硬膜外麻酔を選ぶこともあります。
7. 術式別ブロック選択マップ
| 術式・部位 | 推奨ブロック組み合わせ |
|---|---|
| 膝関節手術(TPLO等) | 大腿神経 + 坐骨神経 |
| 膝関節手術(歩行温存希望) | 伏在神経 + 坐骨神経 |
| 足根関節以下の手術 | 伏在神経 + 坐骨神経 |
| 下腿腫瘍切除 | 大腿神経 or 伏在神経 + 坐骨神経 |
| 断脚 | 腰神経叢 + パラサクラル坐骨神経叢 |
| 大腿部手術 | 腰神経叢 + 坐骨神経 |
| 会陰ヘルニア・尿道手術 | 硬膜外 or 陰部神経ブロック |
この表を見て気づくとおり、後肢そのものの術式は、会陰・尿道の手技を除いて2部位以上の併用になります。だから次の用量の話が、この記事の実務上の核心です。
8. 局所麻酔薬の用量目安
- ブピバカイン 0.5%:犬 最大2 mg/kg、猫 最大1 mg/kg(総量)。0.5%製剤では犬最大0.4 mL/kg・猫最大0.2 mL/kg。猫は肝代謝能の制限から、慣行として犬の約半量を上限とします(VAA 6e 第29章は猫 1〜1.5 mg/kg。本記事は多部位ブロックを前提とするため下限の 1 を採ります)。複数部位ブロック時は全部位の累積量で管理します
- ロピバカイン 0.5%:犬 最大3 mg/kg、猫 最大1.5 mg/kg(VAA 6e 第29章。Grubb 2020 等は 2 mg/kg を挙げますが、安全マージンのため 1.5 を採ります)。犬ではブピバカインより mg の余裕が1.5倍あり、多部位ブロックで有利です
- 薬剤ごとに上限が異なります。リドカインの上限をブピバカインに当てはめてはいけません。 リドカインの上限(犬6〜10 mg/kg、猫3〜5 mg/kg。VAA 6e 第29章)はリドカインにのみ適用される値です。ブピバカインは効力・心毒性ともリドカインより格段に強く、上限は上記のとおり犬2 mg/kg・猫1 mg/kg です。ブピバカインを 6〜10 mg/kg 使ってよいという意味では決してありません。
- 複数の薬剤を併用する場合は、毒性が足し算で働きます。 各薬剤について「投与量 ÷ その薬剤の上限」を計算し、その合計が1を超えないよう配分します(例:リドカインを上限の40%使ったら、ブピバカインは残り60%まで)。それぞれを単独の上限まで使ってよい、という意味ではありません
- 複数部位ブロックでは希釈・分割投与でボリュームを確保します
1部位あたりの標準容量(エコーガイド下・低容量アプローチ)
| ブロック | 容量 |
|---|---|
| 坐骨神経(大腿外側・古典) | 0.1 mL/kg |
| 坐骨神経(尾側アプローチ・大腿中部) | 0.05〜0.1 mL/kg |
| パラサクラル坐骨神経叢 | 0.15〜0.2 mL/kg |
| 大腿神経(鼠径部) | 0.1 mL/kg |
| 大腿神経(腸腰筋内) | 0.1〜0.2 mL/kg |
| 腰神経叢(外側腸骨前・LPI) | 0.15 mL/kg(報告範囲 0.15〜0.3) |
| 伏在神経 | 0.05〜0.1 mL/kg |
高容量アプローチは別扱いにします。 傍脊椎単回注入(0.4 mL/kg)や Shimada 法の腸腰筋内アプローチ(0.2〜0.4 mL/kg)は、0.5% ブピバカインならそれ1部位で犬の上限に達します。2部位以上の併用を前提とする本記事では、上表の低容量アプローチを基準とします。
総量は必ず mg/kg で確認してください。 本記事が推奨する後肢の術式は、会陰・尿道の手技を除いて2部位以上の併用です(7 の選択マップ参照)。各部位の容量を足し、「濃度(mg/mL) × 総容量(mL) ÷ 体重(kg)」が上限内に収まることを施行前に計算します。
犬の例: 10 kg に大腿+坐骨を 0.5% ブピバカイン 0.1 mL/kg ずつ → 計 2.0 mL=10 mg=1.0 mg/kg(上限 2 mg/kg の50%)。
猫は犬の容量を流用しません。 猫の後肢ブロックは猫で検証されたプロトコルに従います。Portela 2023(猫 cadaver 8体+臨床48例)は腰神経叢 0.1 mL/kg + パラサクラル 0.1 mL/kg で、合計 0.2 mL/kg=1.0 mg/kg に収まります。犬向けの容量(腰神経叢 0.15 + パラサクラル 0.15〜0.2)をそのまま猫に当てると 1.5〜1.75 mg/kg となり、上限を超えます。
上限に収まらないときの手当ては2つです。 ①ロピバカイン 0.5% に変更する(犬の上限が 3 mg/kg なので mg の余裕が1.5倍になります。濃度を落とさずに済むため、多部位では第一選択です)。②ブピバカインを 0.25% に希釈する(総 mg を半減しつつ容量を確保できます)。ただし希釈は遮断の密度と持続を犠牲にします。パラサクラル・腰神経叢の成功率データは 0.5%(一部 0.75%)で取られており、0.25% で同じ成功率が出る保証はありません。
注意: 上記は一般的な目安です。最新ガイドライン(WSAVA、ACVAA等)および施設プロトコルとの整合を確認のうえで使ってください。
9. 局所麻酔薬中毒(LAST)
この記事が推奨するブロックは2部位以上の併用が標準なので、総量はいつも上限に近づきます。LAST は、多部位ブロックを行う以上、常に想定しておくべき合併症です。
9.1 予防
- 注入前に必ず吸引します。 腰神経叢ブロックは外腸骨動脈を目印に深部へ穿刺する手技で、針が大血管に近づく場面があります。ただし外腸骨動静脈は腸腰筋の内側にあり、内側の筋膜が物理的なバリアになります(Mogicato 2015)。したがって外側から内側へ in-plane で進入するのが最も安全で、内側から刺し込む向きは避けます。
- 一度に全量を入れず、分割して漸増します。 各分割の前に吸引を挟み、心拍・血圧・心電図に変化がないことを確かめながら進めます。
- 全身吸収の速さは部位で異なります。 肋間 > 硬膜外 > 腕神経叢 の順に血中濃度が上がりやすく、同じ総量でも部位によってリスクが変わります。
- ブピバカインは局所麻酔薬の中で最も心毒性が強い薬です。
9.2 早期認識 ― 麻酔下では中枢症状が出ない
覚醒下では中枢神経症状(落ち着きのなさ・筋攣縮・痙攣)が先に出ます。ところが全身麻酔下ではこれらが検出できず、心血管症状が初発になります。実務上もっとも大事な点はここです。
原因のわからない不整脈・伝導障害・血圧低下・心収縮性の低下を見たら、LAST を鑑別に入れてください。ブロック施行後の数分から十数分は、心電図と血圧を注視します。
9.3 治療
- 気道確保・100%酸素
- 痙攣にはベンゾジアゼピン
- 20%脂肪乳剤を早期に投与します(LAST の第一選択治療です。症状出現の時点で開始し、中枢・循環が安定したのち10〜30分継続します)
- ボーラス 1.5 mL/kg IV を1〜2分かけて
- 続いて 0.25 mL/kg/min で持続。反応が不十分なら 0.5 mL/kg/min へ増量します
- 30分間で 10〜12 mL/kg を超えないでください
- 心停止に至った場合、アドレナリンは通常の10分の1から。 LAST では 1 μg/kg IV 以下を目安に、少量から漸増します。RECOVER の通常量(10 μg/kg)をそのまま投与すると10倍過量となり、脂肪乳剤との併用下で心室不整脈・肺水腫を悪化させます。
- 換気は正常炭酸ガス分圧を保ちます。 過換気にすると血液がアルカリに傾き、局所麻酔薬が神経内に閉じ込められて毒性が長引きます。
使ってはいけない薬があります。 リドカインおよびプロカインアミド(ナトリウムチャネル遮断作用を持つ抗不整脈薬)は絶対禁忌です。バソプレシン・カルシウム拮抗薬・β遮断薬も避けます。心室不整脈にはアミオダロン(2 mg/kg を10分かけて投与し、以後 0.8 mg/kg/h を6時間)を用います。
プロポフォールは脂肪乳剤の代用になりません。 プロポフォール 2 mg/kg に含まれる脂質量は、推奨される脂肪乳剤ボーラス量のわずか数%にすぎません。循環抑制だけが上乗せされるため、LAST の治療目的でプロポフォールを投与してはいけません。
脂肪乳剤を常備し、すぐ取り出せる場所に置いてあることを、ブロック実施の前に確認してください。
10. まとめ
- 後肢の神経支配は「前内側=大腿神経」「後外側=坐骨神経」の二分法で整理します
- 片側の手術では硬膜外を避け、選択的な末梢神経ブロックを第一選択にします
- エコーガイド下の坐骨神経ブロックは視認性が良く、最初に習得しやすいブロックの一つです
- 大腿神経ブロックは3つの深さを使い分けます。近位の手術には腰神経叢レベルを選びます
- 歩行温存が要る症例では、伏在神経ブロックが効きます
- 断脚など近位部の手術では、神経叢レベル(腰神経叢+パラサクラル坐骨神経叢)でのブロックが有効です
- 後肢の術式は会陰・尿道を除いて2部位以上の併用です。総量は必ず mg/kg で合算し、猫は猫のプロトコルに従います
- 脂肪乳剤の常備確認まで含めて、ブロックの準備です
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