犬のサービカルプレクサスブロック|頸部手術の適応と横隔神経麻痺の回避
頸部の手術は、これまでオピオイド主体で鎮痛を組むのが普通でした。解剖が込み入っていて、局所麻酔の合併症リスクが高かったからです。サービカルプレクサスブロック(頸神経叢ブロック)は、その頸部で使える数少ない選択肢として、人医から獣医へ応用が進んでいる手技です。この記事では、解剖学的な根拠、手技、適応、そしてこの部位に特有の合併症を整理します。読み終えるころには、甲状腺手術やベントラルスロットの鎮痛計画に、この手技を載せるかどうかを判断できるようになります。
1. 頸神経叢の解剖
サービカルプレクサス(頸神経叢/cervical plexus)は、C1〜C4(一部C5)の前枝が合流してできる神経叢です。支配しているのは、頸部の腹側と外側の皮膚、頸部の表層筋と筋膜、そして一部の深部組織です。
この手技の性格を決めているのは、神経叢そのものよりすぐそばを走る隣人たちです。
| 隣接構造 | リスク |
|---|---|
| 頸部交感神経幹(cervical sympathetic trunk) | 麻痺によりホルネル症候群 |
| 横隔神経(phrenic nerve。犬では C5〜C7 の腹側枝に由来) | 麻痺により片側横隔膜機能低下 |
| 椎骨動脈 | 血管内誤注入、血管損傷 |
| 反回神経 | 麻痺により嗄声・呼吸障害 |
このブロックの安全域を最も強く左右するのは「どこまで深く行かないか」です。以降の手技も合併症も、多くはこの一点に戻ってきます。
2. 適応
| 術式 | 適応の根拠 |
|---|---|
| 甲状腺切除術(甲状腺癌、巨大腺腫) | 頸部腹側〜外側広範囲の侵害刺激抑制 |
| ベントラルスロット(頸部椎間板ヘルニア) | 切開部の表層鎮痛 |
| ラリンジアル・タイバック(喉頭片麻痺) | 喉頭周囲の侵害刺激抑制 |
| 頸部腫瘤切除(皮膚・皮下) | 体表浸潤麻酔の代替 |
これらの術式で、オピオイド単独の管理より術中の循環反応を抑え、術後鎮痛の質を上げられると期待されています。ただし犬の死体研究で確実に染色されたのは C2・C3 の領域です(Cañón Pérez 2024)。より尾側(甲状腺・喉頭周囲)への有効性は、これから臨床データが積み上がる段階です(5 参照)。
3. 手技
3.1 ターゲットとなる筋膜面
狙うのは、頸神経叢の枝が表層へ出てくる筋膜面です。犬で公表されている手技では、プローブを環椎翼の尾側に縦置きし、鎖頸筋(cleidocervicalis)と肩横突筋(omotransversarius)のあいだの筋膜面で、C2・C3 に対応する構造を標的にします(Cañón Pérez 2024、Mangas-Ballester 2025)。
3.2 ステップ
- 動物を側臥位にします(ブロック側を上にします)
- 環椎翼の尾側にプローブを縦置きし、鎖頸筋と肩横突筋を同定します
- 両筋のあいだの筋膜面の層構造を確認します
- 表層の筋膜面に針先を進めます(深部には進めません)
- 局所麻酔薬を浸潤させます
- 薬液の広がりをエコーで確認します
3.3 用量目安
- ブピバカイン 0.25〜0.5%:0.2〜0.3 mL/kg
(例:0.5%製剤で0.3 mL/kgを投与した場合は1.5 mg/kgに相当します。犬の上限は約2 mg/kg〔Grubb et al. 2020〕。猫の上限は1 mg/kgであり、本稿の用量設定は犬向けのため、猫には適用できません。) - ロピバカイン 0.5%:同等用量
(0.5%製剤で0.3 mL/kgを投与した場合は1.5 mg/kgに相当します。犬の上限(約3 mg/kg)の範囲内です。猫の上限は 1.5 mg/kg で、この量ではちょうど上限に張り付きます。猫では余裕を残した減量が必要です。)
臨床判断のポイント: 大量投与は深部への拡散と横隔神経麻痺のリスクを高めます。少量で広く効かせるが基本方針です。
猫への注意: 猫のブピバカイン上限は犬の半量(1 mg/kg vs 犬2 mg/kg)。肝代謝能の制限から慣行として犬の約半量を上限とし(VAA 6e 第29章は猫 1〜1.5 mg/kg)、犬向けの用量をそのまま適用しません。また、サービカルプレクサスブロックの猫での報告は乏しく、現時点では確立した手技ではありません。
4. 合併症と回避戦略
4.1 ホルネル症候群(交感神経幹麻痺)
針先または薬液が深部まで届くと、頸部交感神経幹が麻痺します。患側の縮瞳(miosis)、眼瞼下垂(ptosis)、第三眼瞼の突出、患側顔面の温感低下が出ます。通常は一過性で数時間から数日で戻りますが、見た目の変化が大きいので、オーナーへの説明が要ります。
回避の原則は明快です。表層の筋膜面に限定して薬液を浸潤させること、深部への進針をしないこと、そしてエコーで針先の位置を確認し続けることです。
4.2 横隔神経麻痺
薬液がC5のレベルまで届くと横隔神経に及び、片側の横隔膜の動きが落ちて呼吸機能が下がります。犬の横隔神経は C5〜C7 の腹側枝に由来し(Silva et al. Anat Histol Embryol 2022; 51:119-124)、ヒトのC3〜C5主体とは異なります。犬の死体研究(Cañón Pérez et al. Animals 2024; 14:3094〔PMC11544866〕)では、0.15 mL/kg の両側12注入で、CT 上は 8/12 が C4 の椎体レベルまで広がったものの、神経の染色は C4 で 2/12・C5 で 0/12、横隔神経への染色はゼロでした。少量を表層にとどめる限り、横隔神経へ届く可能性は低いと考えられます。ただし死体・少量での結果です。生体での大容量投与や深部への逸脱では、波及を否定できません。
起きたときのサインは、患側横隔膜の挙上(X線で確認します)、換気量の低下、呼吸困難です。肥満や呼吸機能に既往のある症例ではとくに響きます。
回避の柱は2つ。薬液量を必要最小限に抑えることと、両側施行を安易に行わないことです。
臨床安全警告: 両側施行には、両側横隔神経麻痺(重度なら致死的になりえます)のリスクが伴うため、原則として片側にとどめます。両側の報告はあります ―― 腹側スロット手術の犬2頭に低濃度(ブピバカイン 0.33%・0.3 mL/kg/側)で両側施行し、合併症なく経過した症例報告です(Mangas-Ballester ら, VAA 2025;52:696-700)。行うなら低濃度・低容量に絞り、深部への注入を避け、人工換気と術後の呼吸モニタリングができる体制に限ってください。
4.3 椎骨動脈損傷・血管内誤注入
頸部の深部には椎骨動脈が走っています。深部への進針で損傷や血管内誤注入が起きると、局所麻酔薬中毒(LAST)・出血・神経損傷につながります。エコーガイド下で動脈を同定して針の軌道から外し、注入前の逆血チェックと分割注入を徹底してください。
4.4 反回神経麻痺
頸部腹側の反回神経が麻痺すると、嗄声と呼吸障害が出ます。反回神経の走行領域に針先を届かせないこと、刺入レベルを適切に選ぶことで避けます。
5. 獣医における現状とエビデンス
この手技は、獣医ではまだ認知段階です。人医では確立していますが、獣医のエビデンスは薄く、犬でのエコーガイド下手技の解剖学的記述と、ベントラルスロットへの適応例が公開されている段階です。甲状腺手術での効果検証は、これからデータが積み上がる領域です。
施設のプロトコルに載せるなら、最新文献を確認したうえで、症例を絞って段階的に進めてください。
6. 臨床安全チェックリスト
施行前に、次を確認してください。
- エコーガイド下で施行しているか
- 局所麻酔薬の総量が最大用量内か(犬:ブピバカイン上限2 mg/kg、ロピバカイン上限3 mg/kg)
- 片側のみの施行となっているか(両側は原則行わず、行うなら低濃度・低容量+呼吸管理体制が前提)
- 注入前の逆血チェックを実施したか
- 針先を表層筋膜面に限定しているか(深部進針は禁忌)
- 椎骨動脈走行領域を回避しているか
- 蘇生薬・脂肪乳剤(Intralipid)が手元にあるか(LAST対策)
- 術後のホルネル症候群・呼吸機能をモニタリングする体制があるか
- 猫に施行する場合は猫向けの用量設定と適応判断をしているか
7. オピオイド主体プロトコルとの比較
| 項目 | オピオイド主体 | サービカルプレクサスブロック併用 |
|---|---|---|
| 術中フェンタニル要求量 | 高 | 低〜中 |
| 術中循環反応 | 中〜不安定 | 安定 |
| 覚醒時の興奮 | 多い | 少ない |
| 術後鎮痛持続 | オピオイド依存 | 数時間〜半日(ブピバカイン) |
| 合併症リスク | オピオイド関連(呼吸抑制等) | 解剖学的近接構造関連 |
この2つは二者択一ではありません。現実的なのは併用です。ブロックを足せば、オピオイドの総量を減らしながら周術期鎮痛の質を上げられます。
8. まとめ
- サービカルプレクサスブロックは、C1〜C4(一部C5)由来の頸神経叢を表層の筋膜面で止める手技です
- 適応は甲状腺手術、ベントラルスロット、ラリンジアル・タイバック、頸部の体表手術です
- 鉄則は表層筋膜面を狙うこと。深部への進針はホルネル症候群・横隔神経麻痺のリスクを高めます
- 両側施行は原則行いません。低濃度・低容量での両側の報告はありますが、呼吸管理体制が前提です
- 獣医ではまだ認知段階です。ケースレポートが積み上がりつつある領域として扱ってください
- 安全施行の基盤は、エコーガイド下・用量管理・片側限定・表層限定の4原則です
- 猫への適用は、本稿の用量と手技をそのまま流用せず、別途の専門的判断が要ります
PetNapで続けて学ぶ
同じテーマをまとめて読む
関連記事
新しい記事のお知らせを受け取る
獣医麻酔・疼痛管理の新しい記事と講義動画を公開したときに、メールでお知らせします。登録は無料です。
この続きを、深く学びませんか?
プレミアム動画・症例解説・最新論文の解説を揃えたメンバーシップを開講準備中です。開講通知の無料登録を受け付けています。今すぐ学びたい方は、公開中の無料動画をご覧ください。