胸壁神経ブロック4種の比較|肋間・傍椎体・セラタス・TTPの適応と手技
胸壁と胸骨まわりの手術で使う神経ブロックは4種類あります。肋間神経ブロック、傍椎体ブロック、セラタスプレインブロック、そしてTTPブロックです。どれを選ぶかを決める軸は、実は2つしかありません。胸膜まで含めてブロックできるか、そして胸骨正中切開かどうか。この記事では、この2軸を基準に4種の解剖学的根拠・手技・適応を比べていきます。読み終えるころには、目の前の術式に対してブロックを1つ(または組み合わせ)に絞れるようになります。
1. 胸壁の神経支配:基本構造
胸壁の感覚を運んでいるのは肋間神経です。各胸椎レベル(T1〜T13)から出る胸神経(thoracic spinal nerves)の腹側枝にあたります。
各肋間神経のたどる道はこうです。まず椎間孔から出て傍椎体腔を通過します。次に肋骨の下縁に沿って前外側へ走ります(肋骨溝の中です)。外側でいくつかの皮枝に分かれ、最終的に皮膚と胸骨に届きます。
胸骨の周囲では、肋間神経の前皮枝が内胸動静脈と並走して胸骨の腹側面に到達します。この走行が、後で出てくるTTPブロックの解剖学的な根拠になります。
2. 選択軸:胸膜カバー+胸骨切開
4種を見分ける、いちばん実用的な表がこれです。
| ブロック | 胸膜カバー | アプローチ深度 | 主な適応 |
|---|---|---|---|
| 肋間神経ブロック | ◯ 可能 | 中(肋骨下縁) | 開胸後鎮痛、胸壁腫瘍(深部まで) |
| 傍椎体ブロック | ◯ 可能 | 深(椎体外側) | 開胸・広範囲鎮痛、根元でカバー |
| セラタスプレインブロック | ✕ 不可 | 浅(前鋸筋面) | 体表手術(乳腺、体表腫瘍)。開胸では併用の体壁担当 |
| TTPブロック | 胸骨周囲のみ | 中(胸骨深層筋膜面) | 胸骨正中切開専用 |
3. 肋間神経ブロック
3.1 解剖学的根拠
肋間神経は、肋骨の尾側縁の肋骨溝の中を走っています。各肋骨レベルで個別に薬液を置けば、対応する皮節をレベルごとにブロックできます。
3.2 手技
動物を側臥位にして、ブロック側を上にします。肋骨を触知またはエコーで同定し、針を肋骨にコツンと当ててから、わずかに尾側へ滑らせます。尾側縁を走る肋骨血管神経束の近くに局所麻酔薬を浸潤させます。カバーしたい皮節に応じて、複数の肋骨レベルで繰り返します。
皮節の支配はオーバーラップしているので、開胸切開では切開肋間の前後各2椎体分を含めてブロックします。
3.3 用量目安
- ブピバカイン 0.5%:0.25〜0.5 mL/部位
- 複数部位ブロックでは局所麻酔薬の総量上限を厳守します
3.4 適応
開胸後の鎮痛、胸壁腫瘍切除(胸膜を含む深部切除)、肋骨骨折です。
3.5 制限
注入する部位が複数になるため、用量管理が要ります。個別の神経を狙うので解剖の把握も欠かせません。そして針先が深すぎれば気胸のリスクがあります(8.2 参照)。
4. 傍椎体ブロック(paravertebral block)
4.1 解剖学的根拠
傍椎体腔(paravertebral space)は、椎体の外側、肋骨と椎体のあいだにできる潜在腔です。ここには、脊髄から出た直後の肋間神経が走っています。つまり神経を「根元」で捕まえられる場所で、1か所への注入で複数の神経分節をブロックできます。
4.2 手技
動物を側臥位(または伏臥位)にします。背側からエコープローブを当てて椎体・横突起・肋骨頭を同定し、傍椎体腔に針を進めて局所麻酔薬を浸潤させます。
4.3 用量目安
- ブピバカイン 0.5%:0.1 mL/kg程度(1ブロック)
- 薬液量によって広がる範囲が変わるので、用量は適応に応じて調整します
4.4 適応
開胸術、広範囲の胸壁手術、胸壁腫瘍切除です。
4.5 制限
技術的な難度は肋間神経ブロックより高く、針先を胸膜から離して置くためにエコーガイド下での施行を推奨します。また薬液が硬膜外腔へ漏れて予想外の広範囲ブロックになることがあり、こちらは容量と注入速度で管理します(8.3 参照)。
5. セラタスプレインブロック(serratus plane block)
5.1 解剖学的根拠
前鋸筋(serratus ventralis)の表層または深層の筋膜面に局所麻酔薬を浸潤させます。ターゲットは、肋間神経の外側皮枝が前鋸筋を貫通する部位です。つまり体表だけを選択的にブロックする手技で、胸膜や深部組織には効きません。
5.2 手技
動物を側臥位にして、ブロック側を上にします。エコープローブを胸壁外側に当てて肋骨と前鋸筋を同定し、前鋸筋の筋膜面に針を進めて局所麻酔薬を浸潤させます。
5.3 ブラインド手技
エコーが使えない場合のブラインド施行も報告されています。肋骨にコツンと針を当てて深さを確かめ、筋膜面に浸潤させるやり方です。ただし再現性と安全性の面から、エコーガイド下を推奨します。
5.4 用量目安
濃度は犬 0.5%・猫 0.25% を基本とします。猫は 8.1 のとおり上限が犬の半量なので、0.5% 溶液を犬と同じ容量で流用すると容易に上限を超えます。
筋膜面ブロックは容量が拡がりを決めます。教科書の目安は 0.5〜1 mL/kg(Read 2024 第15章)、臨床報告では 0.3 mL/kg で有効だった例があります(Teixeira 2018)。だから片側 0.3 mL/kg を下回らせないことを基本に、総量は濃度の側で調整します。
- 片側施行:犬 0.5% × 0.3 mL/kg(1.5 mg/kg=上限の75%)。より広く展延させたいときは 0.25% × 0.5〜0.6 mL/kg(1.25〜1.5 mg/kg)
- 猫・片側:0.25% × 0.3 mL/kg(0.75 mg/kg=上限の75%)
- 両側施行(両側乳腺腫瘍切除など):減量ではなく希釈で容量を守ります
- 犬:0.25% × 0.3 mL/kg/側 × 2側=合計 1.5 mg/kg(上限の75%)
- 猫:0.125%(1.25 mg/mL)× 0.3 mL/kg/側 × 2側=合計 0.75 mg/kg(上限の75%)
実投与の前に必ず「濃度(mg/mL) × 容量(mL/kg) × 施行側数」で総量を計算し、他部位のブロックや全身投与中の局所麻酔薬(リドカイン CRI 等)と合算したうえで、8.1 の上限と照合してください。
5.5 適応
乳腺腫瘍切除、胸壁の体表腫瘍切除、体表の創傷修復です。
5.6 制限
胸膜・深部組織はブロックできないため、開胸術に単独では不十分です。開胸では肋間または傍椎体と併用し、体壁の痛みを担当させます。
6. TTPブロック(Transverse Thoracic Plane block)
6.1 解剖学的根拠
胸骨正中切開(median sternotomy)は、犬猫の手術手技のなかでも侵害刺激が最大級とされます。しかも両側の T2〜T6 の前皮枝が胸骨腹側面を交叉的に支配しているため、片側のブロックでは対応できません。
TTPブロックは、胸骨内側面の横胸筋(transversus thoracis muscle)と肋間内筋のあいだの筋膜面に局所麻酔薬を浸潤させる手技です。この筋膜面には内胸動静脈と前皮枝が並走していて、上下に連続しています。だから限られた注入点で、複数の椎体レベルをカバーできます。
6.2 手技
動物を背臥位にします。エコーで胸骨の輪切り像を描出し(プローブは胸骨に対して直交方向)、最深層の細い筋(横胸筋)と、その背側にある内胸動静脈の輪切り像を同定します。動静脈に近接した筋膜面へ針先を誘導し、局所麻酔薬を浸潤させます。
6.3 定法は両側4か所
獣医文献(Alaman et al. Animals 2022;犬死体研究)では、第3肋間と第6肋間の2点法が報告されています(研究は片胸ごとの施行で、臨床では両側に応用して計4点とします)。ただし読み方に注意が要ります。T2〜T7の安定したカバーが得られたのは高容量群(1 mL/kg/片胸=0.5 mL/kg/点)で(T7 は 62.5%)、低容量群(0.5 mL/kg/片胸)で染色された神経は中央値3本(範囲2〜5本)にとどまりました。注入部位は施設・術者が解剖を確認したうえで、文献を参照しながら設定してください。
注入量は 6.4 を参照してください。 上の文献値(0.5 mL/kg/点)はリドカイン混合液での死体研究の値です。ブピバカインでそのまま使うと、4点合計で最大用量を大きく超えます(0.25%換算で 2.5 mg/mL × 0.5 mL/kg × 4点=5.0 mg/kg=犬上限の250%)。実際の投与量は 6.4 の犬猫別の目安に従い、容量を確保したいときは濃度を下げて総量を上限内に収めます。
| 注入部位(例) | 数 |
|---|---|
| 第3肋間レベル | 両側1か所ずつ(計2か所) |
| 第6肋間レベル | 両側1か所ずつ(計2か所) |
| 合計 | 4か所 |
この4点で、胸骨周囲全域の前皮枝をカバーする設計です。
6.4 用量目安
4部位(両側計4か所)の合計が 8.1 の最大用量(犬2 mg/kg・猫1 mg/kg)を超えないよう、種ごとに次を目安にします。いずれも上限まで20〜50%の余裕を残した保守的な値です。
| 動物種 | 濃度 | 1部位あたり容量 | 1部位あたり総量 | 4部位合計 |
|---|---|---|---|---|
| 犬 | ブピバカイン 0.25% | 0.1〜0.15 mL/kg | 0.25〜0.375 mg/kg | 1.0〜1.5 mg/kg(上限2 mg/kg の50〜75%) |
| 猫 | ブピバカイン 0.25% | 0.05〜0.08 mL/kg | 0.125〜0.2 mg/kg | 0.5〜0.8 mg/kg(上限1 mg/kg の50〜80%) |
- 猫では 0.5% 濃度を使いません。 8.1 の猫上限(1 mg/kg)は犬の半量で、0.5% を犬と同じ容量で使うと容易に上限を超えます。
- 猫の上表は1部位あたり 0.05〜0.08 mL/kg と少容量になるので、筋膜面への拡がりが足りない場合は濃度を 0.125%(1.25 mg/mL)まで下げて容量を確保する選択肢もあります(例:猫 0.125% × 0.15 mL/kg × 4部位=合計 0.75 mg/kg)。減量と希釈のどちらを採るかは、症例の体格で判断します。
- 実投与の前に必ず「濃度(mg/mL) × 容量(mL/kg) × 4部位」で総量を計算し、他のブロックや全身投与中の局所麻酔薬と合算したうえで 8.1 の上限と照合してください。
- 6.3 で引用した Alaman et al. 2022 はメチレンブルーとリドカインの混合液を使った犬死体研究で、ブピバカインの至適容量を直接検証したものではありません。ブピバカインはリドカインより心毒性が強いため、同研究の容量をそのまま転用できません。上表は総量ベースで別に設定した値です。
- 重要(容量と効果のトレードオフ):同研究で T2〜T7 の安定したカバーが得られたのは高容量群(1 mL/kg/片胸)で、低容量群(0.5 mL/kg/片胸)の染色は中央値3本にとどまります。上表は総量を上限内に収めることを優先した容量なので、効果範囲は文献の高容量群より狭くなる可能性があります。筋膜面ブロックは容量が展延を決めるため、胸骨正中切開のように侵害刺激の大きい術式では、減量ではなく希釈(0.125% 以下)で容量を稼ぐ設計を第一に検討してください。ただし希釈しても無制限ではありません ―― 0.125% でも文献の高容量を両側に適用(0.5 mL/kg × 4点)すれば 1.25 mg/mL × 0.5 mL/kg × 4点=2.5 mg/kg となり、犬の上限を超えます。総量が上表の目安(犬 1.0〜1.5 mg/kg・猫 0.5〜0.8 mg/kg)に収まる範囲で、容量を最大化するのが原則です。
- 犬でより広い安全域が欲しいときは、ロピバカイン(犬3 mg/kg)への変更も選択肢になります。ただし猫では 8.1 のとおりロピバカイン1.5 mg/kg・ブピバカイン1 mg/kg であり、余裕は犬ほど大きくありません。
6.5 適応
胸骨正中切開術の全般です。開心術への進入路、縦隔腫瘍切除、胸骨骨折整復が該当します。加えて、胸骨切除術にも使えます。
6.6 制限
TTPブロック単独では開胸(側胸切開)には対応できません ―― カバーできるのは胸骨周囲だけです。胸骨正中切開に開胸を伴う症例では、肋間神経ブロックや傍椎体ブロックを併用します。内胸動静脈の損傷リスクがあるため、エコーは必須です。
臨床メモ: TTPブロックには術中の循環反応を抑える効果が報告されています。胸骨切開時の血圧・心拍の上昇が抑えられる症例があり、術中オピオイド使用量の削減に寄与する可能性があります。
7. 術式別ブロック選択マップ
| 術式 | 推奨ブロック |
|---|---|
| 肺葉切除(開胸) | 肋間神経ブロック or 傍椎体ブロック |
| 心嚢手術(開胸) | 傍椎体ブロック(広範カバー) |
| 胸骨正中切開(開心術・縦隔腫瘍) | TTPブロック(両側4か所) |
| 胸骨切除術 | TTPブロック |
| 胸壁腫瘍切除(胸膜含む深部) | 肋間神経ブロック or 傍椎体ブロック |
| 肋骨骨折 | 肋間神経ブロック(該当レベル) |
| 乳腺腫瘍切除(前胸部) | セラタスプレインブロック |
| 胸壁体表腫瘍切除 | セラタスプレインブロック |
| メルセデス切開(肝臓手術) | 傍椎体ブロック(外側筋切断のカバー) |
| 胸骨正中切開+開胸 | TTPブロック + 肋間/傍椎体 |
8. 注意事項と合併症
8.1 局所麻酔薬中毒(LAST)
胸壁のブロックは複数部位になりがちです。だからこそ総量の管理が要になります。
局所麻酔薬は最大用量を厳守します(複数部位ブロックでは各部位の合計量で評価します)。
| 薬剤 | 犬 最大用量 | 猫 最大用量 |
|---|---|---|
| リドカイン | 6〜10 mg/kg(VAA 6e 第29章) | 3〜5 mg/kg |
| ブピバカイン | 2 mg/kg | 1 mg/kg(犬の半量。肝代謝能の制限から、慣行として犬の約半量を上限とします(VAA 6e 第29章は猫 1〜1.5 mg/kg。本表は下限を採ります)) |
| ロピバカイン | 3 mg/kg | 1.5 mg/kg(VAA 6e 第29章。文献により 2 mg/kg まで記載あり) |
複数種の局所麻酔薬を併用する場合は、それぞれの毒性が足し算で働きます。各薬剤の比率を考慮した総量管理が必要です。なお全身への吸収の速さは部位で異なり、肋間は硬膜外や腕神経叢より血中濃度が上がりやすい部位です。同じ mg/kg でも肋間系の多点ブロックではピークが高く出ます。TTPブロックは両側4か所に入れるので、とくに注意してください。
8.2 気胸リスク
肋間神経ブロックでは、針先が胸膜を貫くと気胸を起こします。エコーガイド下で針先の位置を確認しながら進めてください。
8.3 硬膜外腔への薬液拡散
傍椎体ブロックで薬液量が多いと、硬膜外腔へ広がって両側ブロックになることがあります。用量の設定と注入速度の管理で防ぎます。
8.4 内胸動静脈損傷(TTP特有)
TTPブロックは内胸動静脈のすぐそばの筋膜面に針を進めるため、血管損傷のリスクがあります。エコーで動静脈を確実に同定し、針先を見続けてください。
9. まとめ
- 胸壁ブロックの選択軸は「胸膜カバーの可否」と「胸骨切開の有無」の2つです
- 開胸術・胸壁深部の手術には、肋間神経ブロックか傍椎体ブロックを選びます
- 体表手術(乳腺・体表腫瘍)にはセラタスプレインブロックが向いています
- 胸骨正中切開にはTTPブロック(両側4か所)が第一選択です
- 用量は「濃度 × 容量 × 部位数」で必ず合算します。容量が欲しいときは減量より希釈を先に検討します
- セラタスプレインはブラインド施行の報告もありますが、エコーガイド下を推奨します
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