犬猫の顔の神経ブロック完全ガイド:上顎・下顎・耳・三叉神経の使い分け
顔面の局所麻酔は、犬猫の歯科処置・眼球摘出・耳科手術で術中の侵害刺激を抑え、術後鎮痛の中核を担う。全身麻酔薬の使用量を減らし、循環抑制リスクも下げられる。
本記事では顔面の神経ブロックを上顎・下顎・耳の3エリアに分類し、各手技のランドマーク・適応術式・避けるべき合併症を整理する。
1. 顔面神経ブロックの3エリア分類
顔面の体性感覚は三叉神経(V1眼神経/V2上顎神経/V3下顎神経)の3枝、および頸神経C2由来の大耳介神経が支配する。臨床では以下の3エリアに分けて手技を選ぶ。
| エリア | 支配神経 | 主なブロック手技 | 代表的適応 |
|---|---|---|---|
| 上顎エリア(鼻〜口蓋) | 三叉神経第2枝(V2/上顎神経) | インフラオービタル、マキシラリー、パラタイン | 上顎抜歯、口蓋裂修復、鼻腔処置 |
| 下顎エリア(下歯〜オトガイ) | 三叉神経第3枝(V3/下顎神経) | メンタル、インフェリアアルビューラー(下歯槽神経) | 下顎抜歯、下顎骨折整復 |
| 耳エリア(外耳道周囲) | オーリキュロテンポラル神経(V3分枝)+大耳介神経(C2) | オーリキュロテンポラルブロック、グレーターオーリキュラブロック | 耳血腫、外耳道切除、TECA-BO |
広範囲手術や術後鎮痛の強化が必要な症例では、三叉神経ブロックで3エリア全体を一括カバーする選択肢もある。
2. 上顎エリアのブロック
2.1 インフラオービタルブロック(眼窩下神経ブロック)
眼窩下孔の出口より前方の領域を支配する。対象は上顎切歯〜第3前臼歯付近、鼻部皮膚。
- ランドマーク:眼窩下孔(第3上顎前臼歯の歯根背側、頬骨弓前縁の腹側)
- アプローチ:口腔粘膜から触知できる眼窩下孔へ針を刺入
- 注意点:短頭種では眼窩下管が極端に短く、針を進めすぎると眼窩内に到達するリスクがある
2.2 マキシラリーナーブブロック(上顎神経ブロック)
上顎神経本幹を翼口蓋窩で遮断するため、上顎全体に加え軟口蓋までカバーできる可能性がある。インフラオービタルブロックでは届かない奥歯(第4前臼歯/臼歯部)の処置に有用。
安全な手技のポイント
- 眼窩との距離以上に針を進めない(眼球穿刺リスク)
- 留置外筒法(カテラン針+外筒)により、針先制御性と安全性が向上
- 注入前に必ず逆血チェック(上顎動脈が近接)
2.3 パラタインブロック
口蓋(硬口蓋粘膜)への局所投与。臨床的にはマキシラリーブロックで代用可能なため、単独使用頻度は限定的。
2.4 用量の目安
| 体格 | インフラオービタルブロック | マキシラリーブロック |
|---|---|---|
| 小型犬・猫 | 0.1〜0.2 mL | 0.3〜0.5 mL |
| 中型犬 | 0.3〜0.5 mL | 0.5〜1.0 mL |
| 大型犬 | 0.5 mL(上限) | 1.0 mL |
インフラオービタルブロックの用量警告:容量過多は眼窩内への薬液拡散を引き起こし、眼球穿孔・硝子体内誤注入のリスクがある(Perry 2015、Alessio 2015)。小型犬・猫では最大 0.2 mL を目安とし、シリンジは常に硬口蓋と平行に保ち、眼球方向に針を向けない。根拠:Co-Existing Disease 2e Ch13。
臨床警告:上顎神経は感覚神経のみで構成される。よって神経刺激装置(ネルブスティミュレーター)による筋収縮反応を指標にできない。 解剖学的ランドマーク法またはエコーガイド下で施行する。
3. 三叉神経ブロック
3.1 適応と特徴
三叉神経の出口(卵円孔近傍)で本幹を遮断すると、顔面の上顎・下顎・耳エリア全体を一度にカバーできる。広範囲かつ侵襲度の高い顔面手術での選択肢となる。
主な適応:
- 眼球摘出(エンキュリエーション)では通常球後ブロック(retrobulbar block)が第一選択であり、大規模手術での追加考慮または補完的選択肢として三叉神経本幹ブロックを用いる
- TECA-BO(全耳道切除+鼓室胞骨切術)
- 大規模顔面手術・腫瘍摘出
3.2 手技
- エコーガイド下:頬骨弓内側から三叉神経出口の骨性穴を同定して針を誘導
- 神経刺激装置併用:運動枝(咬筋枝)刺激による**ガクガク反応(咬筋ツイッチ)**を指標とする(注:これは薬液投与前の位置確認のための電気刺激であり、局所麻酔薬の薬理作用は可逆的な伝導遮断である)
3.3 合併症
- 一過性の口の開放:下顎運動枝も同時に遮断されるため、ブロック後に下顎を閉じられない状態が起こりうる
- 遷延性神経遮断:通常は数時間〜数日で回復するが、症例報告では数週間〜数ヶ月持続した例もある
- 局所麻酔薬血管内誤注入による全身毒性
こうしたリスクがあるため、三叉神経ブロックは適応症例を厳密に絞る。術前にオーナーへ口の開放遷延の可能性を説明する。
4. 下顎エリアのブロック
4.1 メンタルナーブブロック(オトガイ神経ブロック)
下顎前歯部〜下唇の感覚を遮断。
- ランドマーク:下顎第2前臼歯の歯根腹側にあるメンタル孔
- アプローチ:口腔内から、咬筋付着部を避けつつメンタル孔へ針先を誘導
- 限界:浸潤範囲が限定的で、奥歯処置には不適
4.2 インフェリアアルビューラーブロック(下歯槽神経ブロック)
下顎全歯・下顎骨・下唇皮膚を支配する下歯槽神経を下顎孔で遮断する。下顎全域をカバーでき、下顎抜歯・骨折整復の第一選択となる。
イントラオーラルアプローチ(口腔内法)
- 体位:仰臥位
- 刺入点:最後臼歯の遠心側、頬粘膜越しに下顎枝内側面へ針を進める
エクストラオーラルアプローチ(口腔外法)
- 体位:側臥位
- ランドマーク:最後臼歯と下顎角を結んだ線の後方3分の1の点に下顎孔が位置する
- 手技:指で下顎枝内側の下顎孔を触知し、皮膚側から進めた針先を指先に誘導して安全に到達
4.3 用量の目安
| 体格 | 投与量 |
|---|---|
| 小型犬・猫 | 0.1〜0.2 mL(最大 0.3 mL) |
| 大型犬 | 0.5 mL(上限) |
IAN ブロックの用量警告:投与量を最小限(小型犬・猫では最大 0.3 mL)に抑えることで舌神経への拡散を防ぎ、覚醒後の舌自咬(tongue self-mutilation)リスクを低減できる。覚醒は腹臥位(sternal recumbency)が推奨される(重力により薬液拡散方向が腹側となり舌の正常位置が維持される)。根拠:Co-Existing Disease 2e Ch13。
両側 IAN ブロックは原則避ける。両側施行時は嚥下障害・舌自咬リスクが著しく増大する。
5. 耳エリアのブロック
外耳道はオーリキュロテンポラル神経(前縁)と大耳介神経(後縁)の2神経が支配する。耳科手術では両者の併用が原則。
5.1 オーリキュロテンポラルブロック
- 支配領域:外耳道前縁、耳介前面
- ランドマーク:胸骨球(茎状突起付近)の落ち込みと頬骨弓前縁の交点
- 注意:深部刺入は鼓膜・中耳穿刺リスクがあるため、骨に当たる深さを超えない
5.2 グレーターオーリキュラブロック(大耳介神経ブロック)
- 由来:頸神経C2
- 支配領域:外耳道後縁、耳介後面
- ランドマーク:環椎(アトラス)の翼状突起。翼状突起の頭側縁を目印に皮下浸潤
- 注意:椎骨動脈との位置関係に留意
5.3 耳ブロックの合併症
- 鼓膜穿刺・中耳穿刺:刺入深度の誤りで発生。深部進入は禁忌
- 顔面神経麻痺(一過性、誤注入時)
- 血管内誤注入
6. 術式別 適応マップ
| 術式 | 推奨ブロック |
|---|---|
| 上顎抜歯(前歯〜第3前臼歯) | インフラオービタル |
| 上顎抜歯(第4前臼歯〜臼歯) | マキシラリー |
| 下顎抜歯 | インフェリアアルビューラー(必要に応じメンタル併用) |
| デンタル処置(全顎) | インフラオービタル/マキシラリー+インフェリアアルビューラー |
| 眼球摘出 | 球後ブロック(retrobulbar block)± 顔面神経ブロック(auriculopalpebral block)。大規模手術では三叉神経本幹ブロックを追加考慮 |
| 耳血腫・外耳道手術 | オーリキュロテンポラル+グレーターオーリキュラ |
| TECA-BO(中耳まで) | 三叉神経ブロック |
| 口蓋裂修復 | 両側マキシラリー |
7. 局所麻酔薬の用量管理
顔面ブロックは複数部位を同時に施行することが多い。そのため総投与量の上限管理が必須となる。
猫は局所麻酔薬の全身毒性(LAST)感受性が高い。 顔面は複数部位を同時にブロックすることが多いため、各部位の用量を合算して最大用量内に収める(必要に応じて希釈して容量を確保)。
| 薬剤 | 犬の上限(参考値) | 猫の上限(参考値) |
|---|---|---|
| リドカイン | 4〜6 mg/kg | 2〜4 mg/kg |
| ブピバカイン | 2 mg/kg | 1 mg/kg(犬の半量。猫はLAST感受性が犬の約2倍高く犬用量を流用しない) |
| ロピバカイン | 3 mg/kg | 1.5 mg/kg(文献により 2 mg/kg まで記載あり) |
上記は文献値の目安であり、症例の循環動態・肝機能・併用薬を考慮して個別調整する。複数ブロック施行時は各部位の合計量で評価する。
猫のロピバカイン上限について:VAA 6e 第29章(Lamont)では猫の最大用量を 1.5 mg/kg と明記している。Grubb 2020 など他文献では 2 mg/kg を挙げるものもあり文献間に不一致があるが、安全マージン確保のため 1.5 mg/kg を基準値として記載した。複数部位施行時は合計量で管理すること。猫は薬物代謝能の制限から保守的な上限値を適用することが推奨される。
8. 臨床安全チェックリスト
施行前に以下を確認する。
- 適応術式と支配神経が一致しているか
- 総局所麻酔薬量が体重あたり上限を超えていないか
- 上顎神経ブロックで神経刺激装置を誤用していないか(感覚神経のみのため反応しない)
- 注入前に逆血チェックを実施したか(血管内誤注入予防)
- マキシラリーブロックで眼窩との距離を超えて針を進めていないか(眼球穿刺リスク)
- インフラオービタルブロックの用量が小型犬・猫で 0.2 mL 以下に収まっているか(眼球方向への拡散予防)
- IAN ブロックの用量が小型犬・猫で最大 0.3 mL に収まっているか(舌神経拡散・舌自咬予防)
- IAN ブロック後の覚醒体位が腹臥位(sternal recumbency)で準備されているか
- 耳ブロックで刺入が深すぎないか(鼓膜・中耳穿刺リスク)
- 三叉神経ブロック施行時、オーナーに口の開放遷延リスクを説明済みか
- 術後の自咬・誤嚥防止プロトコルが準備されているか
まとめ
顔面神経ブロックは3エリア(上顎・下顎・耳)と三叉神経本幹ブロックを組み合わせることで、ほぼすべての顔面手術に対応できる。安全施行の鍵は次の4点に集約される。(1) 解剖学的ランドマークの正確な把握、(2) 適応術式に応じた手技選択、(3) 局所麻酔薬の総量管理、(4) 眼球・鼓膜・血管の解剖学的近接性への警戒。
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