犬猫の前肢神経ブロック完全ガイド:サービカル・ブラキアル・RUMM・リングの使い分け
本記事は獣医師・獣医学生を対象とした技術情報です。飼い主の方は担当獣医師にご相談ください。
1. はじめに:なぜ前肢神経ブロックなのか
前肢の神経ブロックは、解剖学的に4レベルに分かれ、術式と侵襲範囲に応じて使い分ける。全身麻酔薬の使用量を減らし、術中循環動態を安定させ、術後鎮痛の質を高める効果がある。
本稿では、サービカルパラバテブラル、ブラキアルプレクサス(サブクラビアン・アキシラリー)、RUMM(近位・遠位)、リングブロックの解剖・手技・適応・合併症を整理する。
2. 前肢の神経支配と解剖学的基礎
2.1 主要支配神経根
犬の前肢は C6、C7、C8、T1 の脊髄神経根から構成される腕神経叢(brachial plexus)が支配する。個体差として C5 や T2 からの寄与が報告されることもある。猫は犬と同様の傾向が示唆されるが、種差の可能性には留意する。
2.2 末梢4神経(RUMM)
腕神経叢から派生する末梢神経のうち、肘以遠の運動・知覚を担う主要4神経は次の通りである。
| 略号 | 神経 | 主な支配領域 |
|---|---|---|
| R | Radial(橈骨神経) | 肘伸展、前肢外側知覚 |
| U | Ulnar(尺骨神経) | 手根屈曲、内側知覚 |
| M(Median) | Median(正中神経) | 手根屈曲、掌側知覚 |
| M(Musc.) | Musculocutaneous(筋皮神経) | 肘屈曲、前腕内側知覚 |
これらは合わせて RUMM と呼称され、肘から手根にかけての手術における局所麻酔の標的となる。
3. 4レベルの比較
前肢神経ブロックは中枢側ほど無痛域が広がるが、合併症リスクも高まる。リスクとベネフィットのバランスで適切なレベルを選ぶ。
| レベル | ブロック名 | 適応範囲 | 主な合併症 | 推奨度(本稿の総合評価) |
|---|---|---|---|---|
| 首 | サービカルパラバテブラル | 前肢全域・肩関節 | 横隔神経麻痺、両側性麻痺、胸膜穿刺 | 低 |
| 腋窩 | ブラキアルプレクサス(サブクラビアン/アキシラリー) | 上腕骨遠位〜手根 | 気胸(サブクラビアン)、血管穿刺 | 中〜高 |
| 上腕中央 | RUMM(近位・遠位) | 肘〜手根 | 血管穿刺、不完全ブロック | 高 |
| 末梢 | リングブロック | 手根以遠 | 局所感染、薬液浸潤不良 | 高 |
4. 各ブロックのメカニズムと手技
4.1 サービカルパラバテブラル
ランドマーク: 第6頸椎(C6)翼状突起。 標的: C6〜T1 神経根が椎間孔から出る部位に薬液を浸潤させる。 特徴: 肩関節を含む前肢全域の無痛が得られる。ただし重要構造が密集する部位のため、超音波ガイド下でも難易度が高い。
臨床安全警告:
- 横隔神経麻痺:C5–C7 由来の横隔神経が同時にブロックされ、片側性横隔膜麻痺を生じうる。両側施行は禁忌。
- 胸膜穿刺による気胸:深部進針により発生しうる。
- 交感神経幹遮断(Horner症候群)。
これらのリスクから、ルーチン使用は推奨されない。
4.2 ブラキアルプレクサス(サブクラビアン アプローチ)
ランドマーク: 第一肋骨のシャドウとアキシラリーアーテリー(腋窩動脈)。 標的: 第一肋骨上で「目のような」断面像として描出される腕神経叢に薬液を浸潤させる。 適応: 上腕骨遠位以下の手術、断脚術への応用も報告されている。
臨床安全警告:
- 気胸:胸腔に近接するため、針先のコントロールが不十分だと胸膜を穿刺するリスクがある。超音波ガイド下での実施が強く推奨される。超音波なしのランドマーク法では気胸リスクが有意に高まる。
- 血管内誤注入:腋窩動脈・静脈に近接するため、頻回の吸引確認が必要。
4.3 ブラキアルプレクサス(アキシラリー アプローチ)
ランドマーク: 腋窩部における動脈・静脈・神経が同一筋膜(perivascular sheath)内に走行する部位。 手技: 同一鞘内の複数箇所に分割注入する。 適応: 上腕骨遠位〜手根。 限界: 肩関節への到達性は乏しく、肩関節手術には不向きである。
4.4 遠位RUMM
ランドマーク: 上腕骨中央部(mid-humerus)。 標的:
- 上腕骨中央部では 橈骨神経 が外側(皮下直下)を走行し、尺骨・正中・筋皮神経 は内側(上腕動脈に近接した筋膜内)に集合している
- 外側から橈骨神経を、内側から残り3神経を個別にブロックする
- 合計 2か所 の注射が基本手技となる
適応: 肘以遠の手術(肘関節形成・橈尺骨骨折・手根手術など)。気胸リスクがなく、上腕骨遠位手術における第一選択となりうる。
4.5 リングブロック
部位: 手根以遠。 原理: 手根以遠では末梢4神経がすでに分岐し皮下を走行しているため、肢を周方向に取り囲むように皮下浸潤を行う「輪切り」ブロックが有効である。 適応: 趾切除、爪手術、末梢の創傷処置、手根遠位の骨折。
5. 臨床プロトコル
5.1 術式別ブロック選択マップ
| 術式 | 推奨ブロック |
|---|---|
| 肩関節脱臼整復・肩甲骨手術 | ブラキアルプレクサス サブクラビアン(または上位アプローチ) |
| 上腕骨骨折 | ブラキアルプレクサス(サブクラビアン優先) |
| 肘関節形成・肘脱臼整復 | 遠位RUMM またはブラキアルアキシラリー |
| 橈尺骨骨折 | 遠位RUMM |
| 手根関節手術 | 遠位RUMM またはリングブロック(手根近位) |
| 趾切除・爪根部手術 | リングブロック |
| 断脚術(前肢) | ブラキアルプレクサス サブクラビアン |
5.2 局所麻酔薬の用量管理
局所麻酔薬は最大用量を厳守する。一般的な目安は以下の通り(成書により幅あり)。
| 薬剤 | 犬の最大用量 | 猫の最大用量 |
|---|---|---|
| リドカイン | 4〜6 mg/kg | 2〜4 mg/kg |
| ブピバカイン | 2 mg/kg | 1 mg/kg(犬の半量。猫はLAST感受性が犬の約2倍高く犬用量を流用しない) |
| ロピバカイン | 3 mg/kg | 1〜2 mg/kg |
※数値は一般的に引用される目安であり、文献・製品・投与経路・患者状態により異なる。猫は局所麻酔薬全身毒性(LAST)への感受性が高い(犬の約2倍)ため、範囲の下限から用いる。複数ブロックを組み合わせる場合は合計投与量を管理する。最新ガイドライン(WSAVA / ACVAA)および施設プロトコルとの整合も確認すること。
複数ブロックを併用する場合、合計用量が最大量を超えないよう注意が必要である。希釈や生理食塩水による容量調整を検討する。
5.3 共通の実施手順
- 全身麻酔導入後、患肢を清潔野として準備する
- 超音波プローブを滅菌カバーで被覆する
- 神経・血管構造を同定する
- 針先を持続的に観察しながら穿刺する
- 必ず吸引確認後に分割注入 し、血管内誤注入を回避する
- 注入後の薬液広がりを超音波で確認する
5.4 安全チェックリスト
- 超音波ガイド下で実施しているか
- 局所麻酔薬の総量が最大用量内か
- 吸引確認を全注入前に実施したか
- サービカルパラバテブラルを両側施行していないか
- サブクラビアン施行後、呼吸状態をモニタリングしているか
- 蘇生薬・脂肪乳剤(Intralipid)が手元にあるか(LAST対策)
6. まとめ
前肢神経ブロックは「中枢に近いほど広範・高リスク、末梢に近いほど限局・低リスク」の原則に従う。日常臨床の第一選択は、安全性と有効性のバランスから 遠位RUMM および ブラキアルプレクサス(サブクラビアンまたはアキシラリー) となる。サービカルパラバテブラルは合併症リスクを十分に評価した上で、限定的に適応を判断すべきである。安全な区域麻酔の前提は、超音波ガイドの活用、局所麻酔薬用量の厳守、LAST(局所麻酔薬全身毒性)への備えの3つである。
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