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モルヒネの臨床使用ガイド薬物動態・用量・猫への注意点

公開 最終更新

モルヒネは古い薬ですが、硬膜外投与ではいまも第一選択の一本です。この記事では、なぜその場面で強いのか、そして犬と猫で用量がここまで違う理由を、薬物動態からつないで説明します。対象は、モルヒネを前投薬や術後鎮痛で使っている先生方です。読み終えるころには、猫に使うかどうかの判断と、投与のタイミングを逆算する感覚が身につきます。

モルヒネの基本特性 ― 受容体プロフィールと親水性

受容体プロフィール

モルヒネはμ(ミュー)オピオイド受容体を主な標的とする天然オピオイドで、κ受容体・δ受容体にも結合します。強力な鎮痛効果の主体は、μ受容体への作用です。

親水性という重要な特性

オピオイドの中でモルヒネが際立つのは、親水性(水溶性)の高さです。フェンタニル、メサドン、ブプレノルフィンなど多くのオピオイドが脂溶性の高い薬であるのに対し、モルヒネは親水性が際立って高くなっています。

この性質は、臨床では3つの形で現れます。

  • 硬膜外腔・くも膜下腔に入れたときの滞留時間が長くなります(脂溶性の薬はすぐ全身に吸収されてしまいます)
  • 局所への投与を効果的に使えます
  • 血液脳関門を通るのが遅いため、全身投与では作用の発現がフェンタニルより遅くなります

ヒスタミンの遊離に注意

  • IV はゆっくり投与します(スロー IV)
  • 肥満細胞腫のある症例では慎重に扱います。ゆっくり投与し、H1/H2 拮抗薬を前投与し、厳重にモニタリングしたうえでの使用を検討します(絶対禁忌ではありません。2021年 AJVR を参照)

MAOI・SSRI との併用とセロトニン症候群のリスク

MAOI(セレギリン)や SSRI を投与中の症例では、セロトニン作動性の高いオピオイド(トラマドール、メペリジンなど)との併用リスクが高くなります。モルヒネ自体のセロトニン作動性は比較的低いのですが、念のため処方歴と首輪の使用歴を確認してください。アミトラズはマダニ予防製品(首輪・スポットオン)に含まれる MAO-A/B 阻害薬で、とくにトラマドールなどとの組み合わせでは警戒が要ります。セロトニン症候群を起こすと、高体温・筋強剛・自律神経の不安定・痙攣を呈し、致死的な経過をたどることがあります。

薬物動態と投与の間隔

効き始めとピークの時間

パラメータ 犬での値
作用発現 比較的速い
最大の鎮痛効果までの時間 IV でも投与直後ではなく遅れて現れる(親水性のため効果部位=中枢への移行が遅い)。IM/SC ではこれに吸収の時間が上乗せされる
血中半減期 約1時間
投与間隔 2〜4時間ごと
CRI 0.1〜0.3 mg/kg/h(≒ 1.7〜5 μg/kg/min)

モルヒネは「打てばすぐ効く」薬ではありません。親水性が高いぶん中枢への移行に時間がかかり、IV でも効果のピークは遅れて現れます。IM/SC ではさらに吸収の時間が乗ります。ですから麻酔前投薬は、切開の予定時刻から逆算して投与時刻を決めてください。

CRI の薬物動態

モルヒネの CRI は2コンパートメントモデルとして動きます。α相(初期の分布相)は数分から十数分、β相(緩徐な消失相)の消失半減期は約1時間です(犬 IV で 1.16 ± 0.15 時間、KuKanich 2005)。CRI を長く続けると蓄積が起こり、覚醒が遅れるリスクが上がります。

犬と猫の用量

犬の用量

投与経路 用量 備考
IM / SC 0.3〜1.0 mg/kg 標準的な前投薬の用量
IV 0.1〜0.5 mg/kg ゆっくり投与します(IM 用量の半分程度)
CRI 0.1〜0.3 mg/kg/h(≒ 1.7〜5 μg/kg/min。施設と疼痛の程度で調整します) 覚醒遅延に注意

猫の用量

投与経路 用量 備考
IM / SC 0.1〜0.2 mg/kg 犬の 1/3〜1/5 程度
IV 低用量で慎重に ふつうは他の薬を優先します
CRI 勧めません 蓄積のリスク・覚醒の延長

猫への注意 ― 「モルヒネマニア」とは何か

どんな状態か

猫に高用量のモルヒネを投与したときに見られる、激しい興奮状態です。手のつけられない興奮、鳴き声、走り回りなどが出ます。猫に特有の反応で、犬では起こりにくいものです。

ただしモルヒネマニアは、臨床用量をはるかに超える高用量で報告された歴史的な現象です。VAA 6e 第23章は 5〜10 mg/kg を超える用量として記載しています。0.1〜0.2 mg/kg の臨床用量では、ふつう起こりません。臨床用量での猫の行動反応は、むしろ多幸感が主体とされ、喉を鳴らす・体をこすりつける・転がる・前肢でふみふみするといった形で現れます(Bortolami & Love 2015)。

薬物動態からみた背景

要因 内容
Vd(分布容積)が低い 同じ用量でも血中濃度が相対的に高くなりやすい
クリアランスが遅い 作用時間が延び、副作用も長引きやすい
グルクロン酸抱合能の制限 猫は UGT(グルクロン酸転移酵素)の一部を欠き、モルヒネのグルクロン酸抱合(M3G/M6G の生成)がとくに制限される

猫に使うときの方針

  • 用量は 0.1〜0.2 mg/kg とし、犬の用量をそのまま当てはめません
  • CRI は蓄積のリスクを考えて、使わないことを基本とします
  • 代わりのオピオイド(ブプレノルフィン、ブトルファノール、フェンタニルなど)が選べるなら、そちらを優先します
  • 「猫には、使わなくてよいなら使わない」という姿勢が、臨床の安全につながります

硬膜外・関節内という使い方

硬膜外投与

脂溶性のフェンタニルを硬膜外に入れても全身に速やかに吸収されてしまいますが、モルヒネは髄液の中に留まりやすく、広い範囲に長く効きます。これが硬膜外でモルヒネが選ばれる理由です。

項目 内容
投与量の目安(犬) 0.1 mg/kg(局所麻酔薬と組み合わせることが多い)
作用の持続 12〜24時間(脂溶性の薬より有意に長い)
使う場面 後肢の整形外科手術(TPLO など)、会陰部・直腸の手術

硬膜外モルヒネでいちばん多い副作用は排尿障害です。24〜48時間は膀胱の張りと自力排尿を確認し、必要なら導尿します(7日続いた報告もあります)。高用量では遅発性の呼吸抑制が知られているので、術後も呼吸数を見てください。

硬膜外・くも膜下に入れるモルヒネは、防腐剤無添加(preservative-free)の製剤を選びます。 保存剤を含む製剤では、硬膜外・くも膜下投与後の排尿障害・瘙痒・ミオクローヌスがより多く報告されています(VAA 6e 第23章)。

ただし「防腐剤=神経毒」と一括りにはできません。かつて犯人とされた sodium bisulfite は、ラットの髄腔内モデルで単独投与しても生理食塩水と差がなく、むしろ局所麻酔薬による神経障害を減らす方向に働きました(Taniguchi 2004、論文の表題は "Sodium bisulfite: scapegoat for chloroprocaine neurotoxicity?")。避けるべきは、クロロブタノールやフェノールのように神経軸への投与が推奨されていない保存剤です。

なお日本で流通するモルヒネ塩酸塩注射液には濃度の違う製剤があり、硬膜外・くも膜下への適用可否は製剤ごとに異なります。使う前に、手元の製剤の添付文書で「添加物」と「硬膜外・くも膜下投与の可否」の両方を必ず確認してください。

関節内投与

  • 関節鏡手術の周術期の鎮痛に使います(犬の TPLO 前の膝関節鏡、馬の関節鏡など)
  • 関節腔内のオピオイド受容体に直接作用します
  • 全身への影響を抑えながら、局所の鎮痛を得られる可能性があります

関節内投与のエビデンスには限界があります。施設と状況に応じた判断が必要です。

代謝と臨床上の注意点

代謝産物

代謝産物 活性 臨床的な意味
M3G(morphine-3-glucuronide) なし 一部の研究で、モルヒネの鎮痛を阻害する可能性が指摘されています
M6G(morphine-6-glucuronide) あり ヒトでは腎機能が落ちると蓄積し、過度の鎮静を起こすことがあります

犬での意味あい

犬では、モルヒネのグルクロン酸抱合がヒトの約10倍速い一方、活性代謝産物である M6G は血漿中にほとんど検出されません。ビーグル6頭に 0.5 mg/kg を IV 投与した試験では、定量限界 25 ng/mL 未満で全検体から検出されませんでした(KuKanich, Lascelles & Papich 2005)。したがって、ヒト医療で語られる腎不全時の M6G 蓄積リスクを、そのまま犬に当てはめることはできません。猫でも M3G/M6G は通常検出されません。猫で警戒すべきは代謝産物の蓄積ではなく、モルヒネ本体のクリアランスが犬のおよそ半分である点です。

まとめ

  • モルヒネの親水性は弱点ではありません。硬膜外で長く効かせられるという強みです(関節内投与はエビデンスが限られます)
  • 硬膜外・くも膜下に使うときは、必ず防腐剤無添加の製剤を選びます
  • ヒスタミンが遊離するため、IV はゆっくり投与します。肥満細胞腫は絶対禁忌ではありませんが、緩徐投与・H1/H2 拮抗薬の前投与・厳重なモニタリングのもとで検討します
  • MAOI(セレギリン、アミトラズ製品)や SSRI を使っている症例では、セロトニン作動性の高いオピオイド(トラマドール等)との併用にとくに注意します。モルヒネ自体のセロトニン作動性は比較的低いので、モルヒネを避ける理由にはなりません
  • 犬と猫では用量が大きく違います。猫は 0.1〜0.2 mg/kg とし、CRI は基本的に避けます
  • 猫の「モルヒネマニア」は超臨床用量で報告された現象です。臨床用量ではふつう起こりません
  • 犬では代謝産物(M6G/M3G)の臨床的な蓄積を過度に心配する必要はありませんが、猫では別に考える必要があります
  • モルヒネは打ってすぐ効く薬ではありません。切開の時刻から逆算して投与します

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