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切除したのに血糖が上がらない|インスリノーマの犬の麻酔管理と、術後20分で判断しない理由

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膵臓の右葉を切除しました。人の外科では、腫瘍を取ったあと20〜30分で血糖が上がってくることを「取り切れた」目安に使うことがあります。ところが20分後に測った血糖は54 mg/dLで、覚醒しても上がってきません。

結論から書きます。切除後20分で血糖が上がらないことは、取り残しの証拠になりません。 判断は数時間から24時間の推移で行います。そして術中の血糖管理は「正常値に戻す」のではなく、「その子の平常値を下回らせない」ことが目標です。

この記事では、1つの架空症例の経過を軸に、インスリノーマの犬の麻酔管理と、切除後に血糖が上がらないときの考え方を整理します。

正常血糖を目指すと、かえって下がる

インスリノーマは膵β細胞の腫瘍で、血糖が下がってもインスリン分泌の抑制がかかりません。そのうえブドウ糖の負荷には反応して追加で分泌します。そのため「低血糖だから正常に戻そう」とブドウ糖を入れると、入れた分以上に血糖が下がることがあります。

一方で、慢性的な低血糖に慣れた脳は、ブドウ糖の取り込みを高めて適応しています。血糖が40〜60 mg/dL台でも症状が乏しい例があります。

そのため教科書は、術中の目標血糖を概ね50〜60 mg/dLとしています(SA Anesthesia Techniques 2e 第5章)。正常値(80 mg/dL超)への急速な補正はしません。ブドウ糖を入れるのは、その子の平常値を下回ったときか、神経症状が出たときです。

ただし麻酔中は、低血糖の神経症状が見えません。頼れるのは血糖の数値だけです。ここが麻酔管理のいちばん難しいところです。

今回の症例

※この症例は、臨床でよく出会う経過をもとに構成したフィクションです。実在の動物・飼い主・施設とは関係ありません。

  • 10歳の柴犬。低血糖症状で救急受診し、ステロイドでいったん安定していた
  • 普段の血糖は60〜80 mg/dLで推移していると推定
  • 当日は約10時間の絶食で来院し、血糖88 mg/dL
  • 術式は膵右葉の切除

麻酔の組み立ては次のとおりです。

  • 導入:レミフェンタニル 5 µg/kg IV、プロポフォールを効果発現まで
  • 維持:イソフルラン、レミフェンタニル 10〜20 µg/kg/h CRI
  • 区域麻酔:両側の腰方形筋(QL)ブロック、0.2%ロピバカイン 計3 mg/kg

術中の経過はこうでした。

  • 導入30分後に血糖55 mg/dL。1%ブドウ糖加LRSを開始し、30分後に69 mg/dLまで上昇
  • 血圧は正常。気腹時に低換気となり、人工呼吸で対応
  • 右葉を切除。その20分後の血糖は54 mg/dL
  • デキサメタゾン 0.1 mg/kg IV
  • 覚醒前にデクスメデトミジン 1.5 µg/kg IVをゆっくり投与。イソフルラン停止10分後に抜管
  • 覚醒後はやや沈うつで、刺激すれば顔を上げる。動脈血ガスに異常はない
  • 血糖は上がってこなかった

この「上がってこなかった」をどう読むかが、本記事の主題です。

術前:絶食を短くし、ステロイドを切らさない

絶食は4〜6時間、長くても8時間まで

インスリノーマの犬で一晩絶食させると、低血糖発作の引き金になります。少量の食事を頻回に与え、最後の給餌は手術の4〜6時間前にします(SA Anesthesia Techniques 2e 第5章、Vet Anesthesia Secrets 第33章)。手術は午前の一番目に組みます。

一晩絶食がやむを得ない場合は、前夜から入院させてブドウ糖加輸液の下で管理します。ここで目指すのも正常血糖ではありません。症状が出る値より上に保てば十分です。

今回の症例は約10時間の絶食でしたが、来院時の血糖は88 mg/dLでした。ステロイドの効果で保たれていた可能性が高いと考えます。

ステロイドとジアゾキシドは止めない

プレドニゾロンやジアゾキシドで内科管理している子は、周術期も治療を中断しません。経口投与ができない間は、ステロイドを注射剤に置き換えます。

数週間以上ステロイドを使ってきた子は、副腎の働きが落ちています。術中の低血圧が輸液や昇圧薬に反応しないときは、これを疑います。

準備しておくもの

  • 輸液とは別の静脈ライン(ブドウ糖の持続投与用)
  • 動脈ライン(血圧測定と採血を兼ねる)
  • 50%ブドウ糖と希釈用の等張晶質液
  • グルカゴン
  • 獣医用に検証された血糖測定器、または血液ガス分析器

術中の血糖管理

項目 内容
目標 概ね50〜60 mg/dL。術前に30〜40 mg/dLで無症状と実測で確認できている子に限り、一時的にその域を許容
持続投与 2.5〜5%ブドウ糖を、輸液とは別ラインからポンプで投与
希釈液 LR、生理食塩液、Plasma-Lyte などの等張晶質液
ボーラス 重度低血糖か神経症状のときだけ(本稿は概ね40 mg/dL未満を目安にしていますが、教科書は数値でなく症状と重症度で規定)。50%ブドウ糖 0.5〜1 mL/kg を1:4以上に希釈し、5〜10分かけてIV
不応時 グルカゴン 50 ng/kg IV、続いて 5〜40 ng/kg/min CRI(Fischer 2000 の持続投与法、Co-Existing 2e 第17章)。内科系教科書には 0.1 mg/kg IV という桁の異なる記載もあり、本稿は持続投与の実証報告がある前者を採用
測定間隔 30分ごと。腫瘍の操作中と切除後は15分ごと

表の中で特に事故につながりやすい点を3つ補足します。

1つ目は、ブドウ糖ラインの扱いです。持続投与ラインにはラベルを貼り、フラッシュしません。フラッシュは誤ってボーラスを入れることになり、反跳性の低血糖を招きます。

2つ目は、ボーラスの濃度です。50%を1:2で薄めると約17%になり、末梢静脈には濃すぎます。最終濃度10%以下まで薄めます。

3つ目は、グルカゴンの調製です。1 mgバイアルを添付溶解液で溶いた液(1 mg/mL)を、生理食塩液1000 mLに全量入れて1000 ng/mL(1 µg/mL)にします。この濃度なら10 kgの犬で5〜40 ng/kg/minは3〜24 mL/hです。溶解直後の1 mg/mLをそのまま流すと1000倍の過量になります。ngとµgの取り違えも同じく1000倍の誤差です。副作用として嘔吐と低カリウム血症が懸念されるため、カリウムも測ります(Fischer 2000, JAAHA)。

何で測るかが判断を左右する

人用の簡易血糖測定器は、犬猫の血糖を低めに表示する傾向が報告されています。赤血球内のブドウ糖濃度とヘマトクリットの影響が機序として挙げられ、フェレットでは特異度50%という報告もあります。低く出た値を信じてブドウ糖を足すと、反跳性の低血糖を招きます。獣医用に検証された測定器か、血液ガス分析器を使います。

皮下に貼るタイプの持続血糖測定器は、間質液を測るため変化に遅れます。腫瘍操作中の急な低下を捉える目的には向きません。採血はブドウ糖を流しているラインからは行いません。

薬の選び方

オピオイドと区域麻酔を軸にする

前投薬は完全μオピオイドとベンゾジアゼピンが基本です。導入はプロポフォール、アルファキサロン、ケタミンとベンゾジアゼピンのいずれでも構いません。維持はイソフルランかセボフルランです。

開腹手術では、区域麻酔で全身のオピオイドと吸入麻酔薬を減らせます。正中切開なら両側TAPと腹直筋鞘ブロック、または硬膜外を組み合わせます。今回の腹腔鏡手術ではQLブロックを選びました。

α2作動薬は味方になるが、拮抗しない

α2作動薬はβ細胞からのインスリン分泌を抑え、血糖を上げます。インスリノーマの犬で、メデトミジン 5 µg/kg IM を前投薬に加えると、血漿インスリンが下がり、術中のブドウ糖投与速度が有意に減りました(Guedes & Rude 2013, Vet Anaesth Analg、12頭対13頭)。ただしこの研究はモルヒネとアトロピンを併用したプロトコルの中での結果で、合併症や生存は評価していません。

注意点が1つあります。α2作動薬を使った子に、アチパメゾールで日常的な拮抗をしないことです。インスリン分泌の抑制が外れ、反跳性の低血糖が起こる恐れがあります。

NSAIDsはステロイドと併用しない

ステロイドを使っている子にNSAIDsは使いません。消化管と腎臓への害が重なるためです。ステロイドを使っていない子でも、術中に低血圧がなく、腎機能が正常で、膵炎の兆候がない場合に限って術後に検討します。

術中のモニタリング

基本はSpO2、カプノグラフィ、心電図、観血的動脈圧、体温です(AAHA 2020 麻酔・モニタリングガイドライン)。そこにインスリノーマ特有の項目として、血糖とカリウムを加えます。

平均動脈圧は60 mmHg以上を下限とし、膵臓の血流を守るため70 mmHg以上を保つのが望ましいと考えます。膵臓の血流低下は術後膵炎の一因になります。

腫瘍を操作している間は、インスリンが一気に放出されて血糖が急降下します。測定間隔を15分に縮めるのはこのためです。

切除後に血糖が上がらない5つの理由

ここからが本題です。今回の症例で血糖が上がらなかった理由を、可能性の高い順に検討します。

1. 腫瘍の取り残し、多発、転移

最も重要な可能性です。犬のインスリノーマは、診断時点でリンパ節や肝臓に転移していることが多い腫瘍です。外科切除を受けた犬49頭の報告では、術後に低血糖が続いた犬が約20%いました(Cleland 2021, Vet Comp Oncol)。術後の持続低血糖は、病期と並んで再発と生存期間の短縮に関わる予後不良因子です(Del Busto 2020, JVIM)。

外科医には、術前の画像で見えた病変が右葉だけだったか、切除した組織に腫瘤があったか、リンパ節や肝臓に病変がなかったかを確認します。

2. 20分は早すぎる

静注したインスリンの血中半減期は5〜10分です(Stoelting 第38章、人のデータ)。腫瘍がなくなれば、30〜50分で血中のインスリンはほぼ消える計算になります。

ただし、この計算が成り立つのは分泌源がなくなった場合だけです。残存腫瘍があれば供給が続くので、血中濃度は下がりません。細胞の受容体に結合したインスリンの作用も、血中から消えた後しばらく残ります。

さらに、人の「20〜30分で上がる」という所見は、ブドウ糖の投与を止めた状態で見るものです。感度に限界があり、人では術中の迅速インスリン測定や術中超音波に置き換わりつつあります。今回はブドウ糖を流しながらの測定で、前提が違います。犬でも検証されていません。判断には少なくとも1〜2時間、できれば24時間の推移が必要です。

3. 血糖を上げる力が弱っていた

慢性的な低血糖と10時間の絶食で、肝臓の糖の貯蔵が乏しかった可能性があります。

もう1つ、仮説として挙げたいのがレミフェンタニルの影響です。オピオイドを軸にした麻酔は、手術侵襲によるカテコラミンとコルチゾールの反応を抑えます。強い抑制が示されているのは人の高用量オピオイドでの知見で、今回の10〜20 µg/kg/hは犬の常用域の中ほどです。人の「切除後のリバウンド高血糖」には手術ストレスによる上昇が上乗せされている可能性があり、ストレス反応を抑えた麻酔ほど切除後の血糖は上がりにくいかもしれません。これは機序からの推論で、犬では検証されていません。

4. デキサメタゾンはまだ効いていない

ステロイドが血糖を上げる作用は、遺伝子発現を介した糖新生によるものです。現れ始めるのは1〜2時間以降で、ピークは数時間後です。投与して数十分での上昇は期待できません。加えて今回の0.1 mg/kgは抗炎症域の用量で、低血糖対策としては控えめです。低血糖クライシスにはより高用量を挙げる教科書もあり、量の設計は個別判断になります。

5. 測定の誤差

人用の測定器で測っていれば、実際より低く出ています。ブドウ糖ラインからの採血や、フラッシュ直後の採血も値を狂わせます。一度は血液ガス分析器か院内の生化学検査で確認します。

デクスメデトミジンでも上がらなかったことの意味

覚醒前に投与したデクスメデトミジン 1.5 µg/kg は、インスリン分泌を抑えて血糖を上げる方向に働きます。それでも上がらなかったことは、インスリンがまだ出ている可能性を少しだけ支持します。ただし量が少なく作用も一時的なので、決め手にはなりません。

覚醒後にやること

覚醒後の沈うつは、血糖54 mg/dLである以上、まず低血糖の神経症状として扱います。デクスメデトミジンの残存、低体温、低カリウム血症、低血糖による脳障害も並行して除外します。鎮静の原因としてレミフェンタニルは考えにくいです。CRIを止めれば数分で切れるため、残っていたのはデクスメデトミジンとイソフルランです。この消去法自体が低血糖寄りの解釈を支持します。

QLブロックのロピバカイン3 mg/kgは、犬で一般に引用される上限そのものにあたります(VAA 6e 第29章。覚醒犬で痙攣が出た静注用量は平均5 mg/kg)。筋膜面への投与なので静注と同列ではありません。ただし両側施行で吸収面が広く、0.2%では総量1.5 mL/kgと容量も多めです。可能性は低いものの、局所麻酔薬中毒も鑑別に残します。

具体的な対応は次のとおりです。

  • ブドウ糖の持続投与を1%から2.5%に上げる。目標はその子の平常値(今回は60〜80 mg/dL)を下回らせないこと
  • 反応の低下や振戦が出たら、希釈した50%ブドウ糖を0.5〜1 mL/kg、5〜10分かけて投与する
  • 血糖は30〜60分ごとに測り、安定したら2〜4時間ごとにする
  • アチパメゾールは使わない
  • それでも上がらなければグルカゴンのCRIを始める
  • ステロイドは経口に戻るまで注射剤でつなぐ
  • 覚醒して嚥下が確実になったら、少量頻回の給餌を始める
  • 膵炎の兆候(腹痛、嘔吐、24〜48時間後のcPL)とカリウムを監視する

24〜72時間で見極める

経過 解釈 次の一手
数時間〜翌日に上昇し、高血糖になる 取り切れた可能性が高い。残った正常β細胞が眠っていたための一過性の高血糖 高血糖を慌てて下げない。持続する場合のみインスリンを検討
平常値付近で横ばい 判定保留 ブドウ糖を漸減し、食事だけで保てるかを見る
給餌しても60 mg/dL未満が続く 取り残しか転移を強く疑う 低血糖時に血糖とインスリンを同時測定し、CTで再検索。プレドニゾロンやジアゾキシドで内科管理へ移行し、病理の切除断端も確認

術後の高血糖は珍しくありません。外科切除を受けた犬48頭の報告では、術後高血糖が33%、持続する糖尿病が19%に見られました(Del Busto 2020)。高血糖は切除が効いた間接的な目安になります。VAA 6e は予後良好因子と記載していますが、それ自体が独立した因子とまでは確立していないと本稿は考えます。

術後に注意する合併症

  • 持続する低血糖:残存腫瘍や転移を示す予後不良因子
  • 一過性の高血糖と糖尿病:インスリン投与が必要になることがある
  • 膵炎:代表的で重い合併症。頻度は術式によって大きく異なる
  • その他:十二指腸の壊死、心室性不整脈、低血糖による中枢神経障害

外科切除を受けた犬の生存期間の中央値は、報告によって372〜561日です(Del Busto 2020、Cleland 2021)。再発後もプレドニゾロンなどの内科治療で延長できることがあります。28頭の後方視研究では、膵部分切除群の生存期間中央値785日に対し、再発後にプレドニゾロンを導入した群は1316日でした(Polton 2007)。

今回の麻酔を振り返る

組み立ての軸は妥当だったと考えます。オピオイドを中心に、QLブロックで吸入麻酔薬を減らし、導入後早期からブドウ糖を補充していました。

導入のレミフェンタニル5 µg/kgは、犬で一般的な導入量(1〜4 µg/kg程度)より多めです。徐脈と無呼吸への備えが前提になります。

改善できる点は2つあります。1つ目は絶食時間で、10時間は推奨より長い設定でした。もう1つはブドウ糖の濃度です。1%では低下に追いつきにくいため、最初から2.5%で始めて流す速さで調整するほうが扱いやすいと考えます。

気腹時の低換気については、高二酸化炭素血症がカリウムや酸塩基平衡を動かします。術後にカリウムを測る理由の1つになります。

まとめ

インスリノーマの麻酔では、血糖を正常に戻そうとせず、その子の平常値を下回らせないことに集中します。切除後に血糖が上がらなくても、20分で結論を出さないでください。次の症例では、切除後の血糖を15分ごとに、少なくとも2時間記録してみてください。その推移が、取り残しを見分けるいちばんの材料になります。

参考文献

  • Guedes AG, Rude EP. Vet Anaesth Analg 2013;40:472-481(PMID 23714015)
  • Del Busto I, et al. J Vet Intern Med 2020;34:1135-1143(PMID 32212400)
  • Cleland NT, et al. Vet Comp Oncol 2021;19:428-441(PMID 32558184)
  • Fischer JR, et al. J Am Anim Hosp Assoc 2000;36:27-32(PMID 10667403)
  • Polton GA, et al. J Small Anim Pract 2007;48:151-156(PMID 17355606)
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  • Lamont LA, Grimm KA, Robertson SA, Love L, Schroeder CA (eds). Veterinary Anesthesia and Analgesia: The Sixth Edition of Lumb and Jones. Wiley; 2024. 第29・42章
  • Johnson RA, Snyder LBC, Schroeder CA (eds). Canine and Feline Anesthesia and Co-Existing Disease, 2nd ed. Wiley; 2021. 第17章
  • Small Animal Anesthesia Techniques, 2nd ed. 第3・5章
  • Veterinary Anesthesia Secrets. 第33章
  • Stoelting's Pharmacology and Physiology in Anesthetic Practice. 第38章

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