麻酔関連死はどのくらい起こるか|数字から始める麻酔前のリスク評価
麻酔は、どのくらい危ないのでしょうか。導入直後の心停止を一度でも見ると、「麻酔は怖い」という感覚が残ります。けれど、すべての症例が同じ危険を背負うわけではありません。この記事は、麻酔関連死の実際の数字から出発して、麻酔前のリスク評価が何のためにあり、どこを見ればよいかを整理します。対象は、麻酔を担当する獣医師と動物看護師です。読み終えるころには、麻酔関連死亡率を数字で言え、ASA分類で症例の重さを共有できます。追加検査も「全部」ではなく「狙って」選べるようになります。
麻酔関連死は、1000頭に2〜3頭
まず、客観的な数字を見ます。英国で1984年から1986年にかけて行われた多施設調査では、麻酔に関連した死亡は犬で0.23%、猫で0.29%でした。犬なら1000頭に約2頭、猫なら1000頭に約3頭です。
その後、2002年から2004年に同じ英国で行われた大規模調査(CEPSAF)があります。こちらは犬0.17%、猫0.24%でした。2つの調査は症例の構成や死亡の定義が同じではないので、単純に並べて「下がった」と断定はできません。それでも、麻酔管理の改善が死亡率の低下に寄与した可能性は、十分に考えてよい数字です。正しい知識と技術で、麻酔のリスクはある程度まで下げられます。
1日1頭なら、1年で半分近く
0.17%や0.24%は、小さな数字に見えます。ところが、毎日1頭ずつ麻酔をかけ続けると、景色が変わります。CEPSAFの全体の値を使い、毎回のリスクが同じで互いに独立だと仮定します。すると、365頭のうち少なくとも1頭で麻酔関連死に出会う確率は、犬で約46%、猫で約58%です。
これはあくまで計算上の例示で、自院の発生率ではありません。それでも「年に一度はその場面に立ち会うかもしれない」と思って準備すれば、当日の動きが変わります。
何のためにリスクを評価するのか
健康な若い犬、病気の犬、年をとった犬。この3頭に麻酔をかけるとき、危険が高いのはどれかは、誰でも答えられます。麻酔前のリスク評価は、この直感を、根拠のある言葉に変える作業です。目的は3つあります。
1つ目は、麻酔中と麻酔後に起こりうる合併症を予測することです。2つ目は、麻酔中の管理の優先順位を決めることです。3つ目は、飼い主に麻酔の危険性を説明することです。とくに前の2つは、そのまま安全な麻酔管理につながります。
リスクに関わる因子は、動物の健康状態だけではありません。緊急手術かどうか、どの部位にどんな手術をするか、施設の設備、麻酔に関わるスタッフの経験、麻酔と手術の時間。こうした「患者以外の要因」も、麻酔の危険性を左右します。
評価の出発点は、問診と身体検査
リスクの評価方法は、問診、身体検査、血液検査、画像検査、その他の検査の5つです。このうち出発点になるのは、機器のいらない問診と身体検査です。
問診では、動物種、品種、年齢、性別といった基本情報に加えて、既往歴と現在の症状を細かく聞きます。消化器症状や出血、発作の有無を聞きます。咳や運動不耐性は心疾患や呼吸器疾患の、多飲多尿は腎疾患の手がかりです。さらに、ふだんの活動性や性格、最後に食事をした時刻、いま使っている薬も確認します。過去の麻酔歴と、そのときにトラブルがなかったかも大切です。
身体検査では、削痩の程度と筋肉の状態、脱水の程度、可視粘膜の色、CRT(毛細血管再充満時間)、脈の強さを見ます。聴診では、心拍数、心雑音とリズム不整の有無、呼吸数、肺音、呼吸様式を確認します。どれも診察室でできる基本の評価です。麻酔をかける症例で省いてよいものはありません。
ASA分類で、症例の重さを共有する
問診と身体検査から得た情報は、ASA分類という共通の物差しに乗せると、チームで共有しやすくなります。ASA分類は、米国麻酔科学会が作った身体状態の分類で、症例を1から5の5段階に分けます。数字が大きいほど、全身状態が重いことを表します。
| 分類 | 状態 | 例 |
|---|---|---|
| ASA 1 | 健康な症例 | 健康な症例の去勢・避妊手術 |
| ASA 2 | 軽度の全身性疾患 | 皮膚腫瘍の切除、健康な症例の骨折、局所の感染、代償性の心疾患 |
| ASA 3 | 重度の全身性疾患 | 発熱、中等度の脱水、貧血、悪液質 |
| ASA 4 | 生命を脅かす重度の全身性疾患 | 重度の尿毒症や中毒、重度の脱水、進行した貧血、非代償性の心疾患、重度の削痩 |
| ASA 5 | 手術の有無にかかわらず24時間の生存が見込めない瀕死の状態 | 重度の外傷、末期の腫瘍、敗血症でぐったりした状態、極度の脱水 |
| E | 緊急手術のときに1〜5のあとに付ける | ASA 3E |
ASA 5の例に挙げた診断名は、それだけで5になるのではありません。「手術の有無にかかわらず24時間の生存が見込めない」瀕死の状態にあることが要件です。
もう1つ、押さえておきたい点があります。ASA分類は、全身状態を表す分類であって、麻酔リスクそのものを単独で決める指標ではありません。手術の侵襲や緊急度、設備やスタッフの要因は含んでいません。それでも、高いクラスほど麻酔関連死のリスクが高いことは、一貫して示されています。
ASA 2と3の間に、大きな段差がある
ざっくり線を引くと、境目はASA 2と3の間にあります。CEPSAF(2008年報告)では、ASA 1〜2の麻酔関連死亡率は犬0.05%、猫0.11%でした。これに対し、ASA 3〜5では犬1.33%、猫1.40%です。複数の研究を統合した系統的レビューもあります。ASA 3以上は、ASA 1〜2に比べて麻酔関連死の相対リスクが犬で4.73倍、猫で4.83倍でした。犬は研究ごとの差が大きい点に注意が要りますが、方向は同じです。状態が悪そうに見える症例ほど、実際に死亡率が高いことが、数字で裏づけられています。
亡くなりやすいのは、維持中と覚醒後3時間
麻酔の導入から覚醒までの流れの中で、いつ亡くなることが多いのでしょうか。CEPSAFで死亡の時刻が分かった症例を見ると、犬では維持中が約46%、術後が約47%を占めていました。導入時は約6%、前投薬後は約1%です。術後の中でも、覚醒後3時間以内がもっとも多い時間帯でした。
つまり、麻酔管理をしている時間と、覚醒してから3時間までが、いちばん注意の要る時間です。麻酔から覚めた瞬間に安心して目を離す、という習慣があるなら、そこを見直す価値があります。
血液検査と画像検査は、「狙って」足す
問診と身体検査に続くのが、血液検査と画像検査です。麻酔前にこれらを行う意味は、麻酔のリスクになりうる基礎疾患を見つけることにあります。
動物は自分の症状を話してくれません。問診と身体検査だけでは見えにくい貧血、低蛋白血症、臓器機能の異常を、患者ごとに選んだ検査で確認します。腎疾患、肝疾患、心疾患があれば、使う薬を変えたり、麻酔のやり方を組み替えたりできます。血液ガスの値や電解質の異常が強ければ、先に安定化してから麻酔に進む、あるいは延期するという判断もできます。検査の結果は、飼い主にリスクを説明する材料にもなり、その説明と判断の過程を診療録に残す助けになります。
ただし、すべての動物にすべての項目を調べるのは、費用の面でも根拠の面でも適切ではありません。ASA 1〜2の健康な症例では、ルーチンの血液検査が麻酔の転帰を改善するという根拠は限られています。一方で、CEPSAFでは病的な犬で術前の血液検査を行うことが死亡リスクの低下と関連していました。リスクの低い症例では獣医師が必要に応じて判断します。リスクの高い症例では、臓器障害の検出と麻酔計画の見直しのために検査を行います。教科書もこの方針で整理しています。
画像検査も同じ考え方です。胸腹部のX線は、心拡大、気胸、肺水腫、腫瘍、異物、腹水などを見つけるために使います。心雑音がある、肺音が聞こえにくい、嘔吐がある、低蛋白血症があるといった手がかりがあるときに撮ります。心雑音があれば心エコーを加えて心臓の状態を把握します。徐脈やリズム不整がある、交通事故のあとで心筋障害による不整脈が心配だというときは、心電図が役に立ちます。すべての症例に一律に行う検査ではなく、問診と身体検査で立てた仮説を確かめる検査です。
検査結果を麻酔計画に落とす手順は、別の記事でクラス別に具体化しています。獣医麻酔の術前評価|ASA分類とリスク評価の基本を解説をご覧ください。
安全な麻酔を決めるのは、薬でも機械でもない
よい薬とよい機械は、安全な麻酔の土台です。けれど、それをそろえるだけでは足りません。目の前の症例が危ない麻酔になるかを見極める人が要ります。危ない場面で適切に判断し、処置できる麻酔担当者がいて、はじめて安全な麻酔になります。ASA分類は、そのための最初の道具です。
まとめ
- 麻酔関連死は、英国の大規模調査(CEPSAF、2002〜2004年)で犬0.17%、猫0.24%です
- 毎日1頭かけ続けると、計算上は1年で犬46%、猫58%の確率で麻酔関連死に出会います
- リスク評価の目的は、合併症の予測、管理の優先順位づけ、飼い主への説明の3つです
- 出発点は問診と身体検査です。どの症例でも省けません
- ASA分類は全身状態の共通言語で、リスクそのものではありません。それでも高いクラスほど死亡率は高くなります
- ASA 2と3の間に段差があり、ASA 3以上では相対リスクが犬猫とも約4.7〜4.8倍です(犬は研究間の差が大きい点に注意)
- 亡くなりやすいのは、麻酔の維持中と、覚醒後3時間以内です
- 血液検査と画像検査は、問診と身体検査で立てた仮説を確かめるために、狙って足します
この記事の元になった講義
麻酔の基本 第1回「麻酔前のリスク評価」(15分54秒・会員限定)
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講師:風間 匠(DVM, MS, DACVAA/米国獣医麻酔疼痛管理専門医)
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