犬猫の人工呼吸管理|換気と酸素化を分けて考える設定の基礎
目次
- 人工呼吸管理の目的と適応
- 換気と酸素化は、まったく別のもの
- 換気――CO₂を体の外に捨てる仕事
- 酸素化――O₂を末梢の細胞まで届ける仕事
- V/Qミスマッチ――換気と酸素化をつなぐ考え方
- PEEP――肺を潰さないための設定
- まとめ――モードより先に、考え方を持つ
人工呼吸管理の目的と適応
人工呼吸器の設定を前にしたとき、多くの人がまず「どのモードにするか」を考える。しかし順序が逆である。先に決めるべきはこの患者で何を達成したいのかであり、モードはそれを達成する手段にすぎない。
人工呼吸管理の目的は、突き詰めれば2つしかない。換気と酸素化を適切に維持することである。この2つは体の中でまったく別の仕事をしており、人工呼吸器にもそれぞれを操る別々の設定項目が用意されている。ここを分けて理解できるかどうかが、設定を「なんとなく」から「根拠を持って」に変える分かれ目になる。
適応――緊急性の高い順に
一般論として、次の順で人工呼吸管理の適応が語られる。
- 低酸素血症
- 呼吸筋疲労
- 重度の呼吸性アシドーシス
2と3は重なることも多い。呼吸促迫が何十分、何時間と続けば横隔膜をはじめとする呼吸筋が疲れ、それだけでCO₂が上がってくる。少しでも休ませてやる必要があるという判断で、呼吸管理の適応になる。
低酸素血症の定義は、室内気(FiO₂ 0.21)を吸っている状態で、動脈血酸素分圧(PaO₂)80 mmHg以下・酸素飽和度95%以下を軽度、PaO₂ 60 mmHg以下・酸素飽和度90%以下を重度とする。飽和度は動脈血で測ったSaO₂でも、末梢のプローブで測ったSpO₂でもよい。
この閾値が室内気前提であることは、麻酔中はとりわけ重要になる。 高濃度酸素を吸わせている状態でPaO₂が90 mmHgしかないなら、それは「正常範囲」ではなく重度のガス交換障害を意味する。PaO₂は必ず吸入酸素濃度とセットで読む。
また、SpO₂を過信しないこと。パルスオキシメトリは末梢循環不全・低体温・血管収縮・体動・メトヘモグロビン血症で不正確になり、PaO₂が100 mmHgを超える領域では値が動かない。高すぎる酸素化は原理的に検出できない。
呼吸性アシドーシスには明確な数値基準があるわけではないが、目安としてPaCO₂ 60 mmHg以上を一つの線として扱う。犬の重炭酸イオンの正常値(20〜22 mEq/L前後)を前提に計算すると、代謝性の異常がない状態でPaCO₂が60を超えるあたりからpHは7.2付近まで落ちてくる。pHが7.2を割ると各種酵素が失活し、カテコラミンへの反応性も落ちる。体にとってはっきりと有害な領域に入る。
麻酔中に問題になるのはこの2つ
麻酔中に起こりやすいのは、まさにこの低酸素血症と呼吸性アシドーシスである。理由は単純で、我々が使う薬のほとんどが呼吸を抑制するからだ。プロポフォールもアルファキサロンもオピオイドも、吸入麻酔薬にも呼吸抑制作用がある。
だからこそ麻酔中は、挿管して人工呼吸に乗せる、あるいは自発呼吸のままでも高濃度の酸素を確実に供給できる状態を担保しておく。致死的な状態に落ちやすいことが分かっているのだから、先に手を打っておくという発想である。
換気と酸素化は、まったく別のもの
この2つを混ぜて話してしまう人は多い。まず分けて考えることから始めたい。
なぜ酸素が必要なのかを、細胞のレベルまで下りて確認しておく。細胞質でグルコースがピルビン酸まで分解され、ピルビン酸はミトコンドリアへ入ってアセチルCoAとなり、TCA回路に乗る。電子伝達系まで運ばれる過程で大量のATPが作られ、その過程で酸素が消費される。これが細胞内呼吸である。教科書的にはグルコース1分子と酸素6分子から最大38分子のATPが生じるとされる(実際の収量は輸送コストのぶん下振れし、30前後とする教科書も多い)。
ここで押さえるべき点が2つある。
1つ目。酸素を使えば、CO₂は必ず出る。 副産物としてのCO₂は常に産生され続ける。捨てる仕組みが要る。
2つ目。酸素がなくなると、ピルビン酸はアセチルCoAへ進めなくなる。 代わりに乳酸が大量に産生され始める。嫌気性代謝である。この状態では乳酸が蓄積し、アシドーシスをさらに助長する。低酸素血症が単に「酸素が足りない」以上の悪さをするのはこのためだ。
つまり――
- 換気は、常に産生され続けるCO₂を体の外に捨てる仕事
- 酸素化は、ATPを作るためのO₂を末梢の細胞まで届ける仕事
まったく違う話をしている。人工呼吸器にはこの2つをそれぞれ操れる設定があるのだから、どちらを動かしたいのかを意識して触る必要がある。
換気――CO₂を体の外に捨てる仕事
CO₂が捨てられるまでの3段階
CO₂は気体なので、分圧の高いほうから低いほうへ移動する。全身で産生されたCO₂は静脈血に乗って右心房・右心室へ戻り、肺動脈へ向かう。肺動脈の血液は、循環血液の中でCO₂分圧が最も高い(体内で最も高いのは、CO₂を産生している組織そのものである)。
その先に肺胞がある。血液が肺胞に接した瞬間から、分圧差によって自動的にCO₂の拡散が起こる。拡散が進むと、血中のCO₂分圧は肺胞気のそれと平衡に達する。
ただし、拡散しただけでは肺胞の中に溜まっているだけである。そこに空気が出入りしなければ、体の外には出せない。これが換気だ。
まとめると、CO₂が排泄されるには順に
- 血流があること
- 拡散が起こること
- 換気があること
の3つが必要になる。そして最終的に血中と肺胞のCO₂分圧は平衡に達するので、肺胞にどれだけCO₂が溜まっているかが、血中にどれだけ溜まっているかを間接的に決める。カプノグラムを見る意味はここにある。
換気量を決める2つの因子
換気量を規定するのは、一回換気量(tidal volume)と呼吸回数である。この2つを掛け合わせたものが分時換気量、すなわち1分間にどれだけの空気が行き来するかを表す。
分時換気量 = 一回換気量 × 呼吸回数
死腔――一回換気量の中の「働かない部分」
ここが実務上いちばん効いてくる話である。一回換気量の中には、性質の異なる2つの部分が含まれている。
- ガス交換に関わる部分(肺胞換気量)
- ガス交換に関わらない部分――空気が行き来するだけで、CO₂の排泄には一切寄与しない
後者が死腔である。一回換気量には必ず死腔換気の量が含まれてしまう。
そして重要なのは、呼吸回数は死腔にも肺胞換気量にも等しく掛け算されるという点だ。死腔の割合が大きい状態で呼吸回数だけを増やすと、増えた分の多くが死腔の往復に費やされ、CO₂を捨てる効率はむしろ悪化していく。
だから目指すべき換気の形はこうなる。
死腔換気の割合をなるべく下げ、肺胞の奥まで届く一回換気量を先に確保する。そのうえで呼吸回数を掛け合わせる。
速く浅い呼吸ではなく、ゆっくりした呼吸で肺胞換気量を担保してから回数を掛けるほうが、同じ分時換気量でもCO₂は効率よく下がる。
10 kgの犬(死腔を2 mL/kg=20 mLとする)で、分時換気量を2,000 mLに固定したまま比べると差は明らかである。
| 一回換気量 × 呼吸回数 | 肺胞換気量 |
|---|---|
| 200 mL × 10回 | 1,800 mL/分 |
| 100 mL × 20回 | 1,600 mL/分 |
| 50 mL × 40回 | 1,200 mL/分 |
ただしこれは「一回換気量はいくらでも大きくてよい」という意味ではない。 過度な一回換気量は肺そのものを傷害する。しかも過膨張した肺胞は毛細血管が圧迫されて血流が押し出されるため、肺胞死腔が増えてかえってCO₂の交換効率が落ちる。気道内圧の上限を先に決めたうえで、その範囲内でなるべくゆっくり深く、というのが正しい読み方になる。
従圧式と従量式
- 従圧式(PCV)――駆動する圧を設定し、一回換気量は肺と胸郭のコンプライアンスに応じて自動的に決まる
- 従量式(VCV)――一回換気量を設定し、吸気時間との関係でフローが決まり、その結果として気道内圧が決まる
互いに逆の関係にある。どちらを使うかは好みによる部分が大きく、達成したい換気が実現できるならどちらでも構わない。
実際の設定値
犬猫の覚醒時の目安は次のとおり。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 一回換気量 | 10〜15 mL/kg |
| 呼吸回数 | 15〜30 回/分 |
| 分時換気量 | 150〜250 mL/kg/分 |
※3つはそれぞれ独立した目安値である。上2つを単純に掛けた積の全域が3行目に一致するわけではない。実際には一回換気量が大きいときは呼吸回数が少ないという逆相関があるため、分時換気量は150〜250 mL/kg/分あたりに収まることが多い。
これを人工呼吸器の設定に翻訳すると、PCVなら犬は最大気道内圧8〜10 cmH₂O、呼吸回数10回/分あたりから始めると収まりがよいことが多い。猫は胸郭が柔らかく、経験的には犬よりやや低い圧でも目標のCO₂に届くことが多い。一回換気量そのものの目安は犬猫で変わらない。
体格が大きくなるほど体重あたりの代謝率が下がるため、大型の動物では呼吸回数を少なめから始める。ちなみに馬のような大動物では、気道内圧を30 cmH₂O程度までかけないと肺が膨らまないこともある(これは大動物の話であり、犬猫にそのまま持ち込んではいけない)。
気道内圧の上限を先に決めておく
開始値と同じくらい重要なのが上限である。健常肺であれば、最大気道内圧はおおむね15〜20 cmH₂O以内に留める。開胸時はこれより高くなるが、それでも上限を意識しておく。
そして、上限に当たったときに「もっと圧を上げる」のは誤りである。 ETCO₂が下がらないのに圧が要る状況は、換気設定が弱いのではなく別の問題が起きているサインだと考える。気胸、腹圧の上昇、回路の閉塞、気管チューブの閉塞や屈曲、カフのリーク――まずこれらを探す。設定を強めるのは原因を否定してからでよい。
なお、人工呼吸器が表示する一回換気量は、回路の患者側コネクター部分を通過する空気の量である。そこに肺胞換気量がどれだけ含まれているかまでは表示されない。死腔の割合は自分で推定するしかない。
何を見て設定を変えるか
モニターとして優れているのはETCO₂である。麻酔中の管理目標としては犬で40±5 mmHg、猫で35±5 mmHgあたりを狙う。猫のほうがやや低いのは、血液ガスで測るPaCO₂の正常値そのものが猫では低め(おおむね30 mmHg前後)であることと整合する。
ETCO₂とPaCO₂の間には通常5 mmHg程度の差があり、ほとんどの場合ETCO₂のほうが低い。 この差を頭に入れてETCO₂からPaCO₂を推定し、ETCO₂を指標に管理する。
ETCO₂が高ければ低換気なので換気条件を強める。低ければ弱める。判断そのものは単純である。
酸素化――O₂を末梢の細胞まで届ける仕事
酸素運搬量という考え方
血液1 dLを取り出したとき、そこに酸素が何 mL含まれているか。これが動脈血酸素含量(CaO₂)である。しかし、その場に留まっていては意味がない。末梢まで運ばれる必要がある。だから心拍出量を掛け合わせたものが酸素運搬量(DO₂)になる。
血液中の酸素は2つの形をとる。ヘモグロビンと結合した酸素と、血漿に溶けている溶存酸素である。
CaO₂ = 1.34 × Hb × SaO₂ + 0.003 × PaO₂
DO₂ = CaO₂ × 心拍出量
- 1.34:ヘモグロビン1 gが結合できる酸素のmL数
- 0.003:PaO₂ 1 mmHgあたりに血漿へ溶ける酸素のmL数(100 mLあたり)
PaO₂の寄与は、実はごくわずか
この2項の大きさを比べてみてほしい。PaO₂は高濃度酸素を吸わせれば500〜600 mmHgまで上がるが、それでも0.003を掛ければ2程度にしかならない。一方ヘモグロビン側は、Hb 10 g/dL・SaO₂ 1.0なら13以上になる。
PaO₂が酸素運搬量に及ぼす直接の影響は、ヘモグロビンに比べればごくわずかである。 これは臨床判断を変える事実だ。
ただし例外がある。PaO₂が低酸素域まで落ちるとSaO₂が下がり始め、そこからは酸素運搬量が本当に落ちる。PaO₂そのものが大事なのではなく、SaO₂を保つためにPaO₂を正常範囲の高めに置いておく――これが麻酔中の基本戦略になる。
酸素解離曲線と、覚えるべき3点
PaO₂を横軸、SaO₂を縦軸にとったのが酸素解離曲線である。S字(シグモイド)を描く。
理由はヘモグロビンの構造にある。ヘモグロビンは4つのサブユニットを持ち、1つに酸素が結合すると残り3つの酸素親和性が上がる。だから最初の立ち上がりは鈍く、1つ結合した途端に一気に飽和へ向かう。
臨床で使えるように、この曲線から3点だけ覚えておく。
| PaO₂ | SaO₂ | 意味 |
|---|---|---|
| 100 mmHg | 約97〜98% | 実質的に飽和しきっている |
| 80 mmHg | 約95% | 軽度低酸素血症の線 |
| 60 mmHg | 約90% | 重度低酸素血症の線 |
生理的シャント(気管支静脈やテベシウス静脈)が常に存在するため、健常でもSaO₂が真に100%になることはない。ここを100%と覚えてしまうと、後の「もう運搬能は増えない」という議論がずれる。
このうち下の2点は低酸素血症の定義そのものである。同時に、いま自分がPaO₂をいくつに保っているならSaO₂はどのあたりか、という予測にも使える。
なお人医領域ではこれをさらに細かく3段階に分ける流儀もあるが、臨床判断としては「80/95で気づき、60/90は許容しない」という2点で足りる。
酸素化を変える3つの手段
酸素運搬量を規定する因子のうち、ヘモグロビンは人工呼吸器では変えられない。下がっていれば輸血しかない。
変えられるのはPaO₂とSaO₂であり、手段は3つ。
- FiO₂を上げる/下げる
- PEEPをかける/かけない
- I:E比を変える
FiO₂を上げるとき、上げないとき
FiO₂を上げると肺胞気酸素分圧が上がり、その結果として血中のPaO₂が上がる。酸素解離曲線でいえば、動作点が右へ移動する。
しかし高濃度酸素には代償がある。
1. 運搬能はもう増えない。 SaO₂がほぼ100%に達している状態でPaO₂をさらに上げても、増えるのは寄与のごく小さい溶存酸素だけである。酸素運搬能は改善しない。
2. 吸収性無気肺が起こる。 酸素は水に溶けやすく、窒素は溶けにくい。室内気では酸素20%が吸収されても窒素80%が肺胞に残るため潰れにくい。ところが100%酸素の肺胞は、中身がすべて吸収されうるので虚脱しやすくなる。高濃度酸素を吸わせるほど無気肺はできやすい。
3. 酸素毒性による組織障害。 長時間の高濃度酸素では無視できない。
これら3つの理由から、特に長時間の人工呼吸管理において過剰な酸素濃度はほぼ必要ない。薬と同じで、必要なだけ足せばよい。
私自身の実践としては、PaO₂ 100〜200 mmHg程度でSaO₂がしっかり保てていれば十分と考えている。それより右に行くほど弊害だけが増えていく。
V/Qミスマッチ――換気と酸素化をつなぐ考え方
肺胞が膨らんでいること(換気, V)と、そこに血流があること(灌流, Q)。この2つが揃わないとガス交換は起こらない。
| 状態 | 何が起きているか | 影響 |
|---|---|---|
| 高V/Q | 肺胞は膨らんでいるが血流がない | 死腔が増える。CO₂が捨てられない |
| 正常V/Q | 換気と血流が釣り合っている | 理想 |
| 低V/Q・シャント | 血流はあるが肺胞が潰れている | 酸素化が悪化する |
高V/Q領域が増えると、それは死腔そのものである。 死腔換気量が増えるのでCO₂の交換効率が落ち、ETCO₂とPaCO₂の乖離が大きくなる。この乖離の拡大は死腔増加の一つのサインになる。ただし心拍出量の低下、肺血栓塞栓、サンプリングのリークなどでも同様に開くため、単独では決め手にならない。
低V/Q、とくに肺胞が完全に潰れたシャントは酸素化にとって最悪である。 肺胞を経ないまま静脈血が動脈血に混ざるため、そこにいくら酸素を供給してもSaO₂は上がってこない。FiO₂を上げても反応しない低酸素血症を見たら、まずシャントを疑う(循環不全やメトヘモグロビン血症でも反応が乏しくなるため、鑑別は必要になる)。
だから酸素化の戦略は「肺を潰さないこと」に集約される。
なお、肺胞は決して均一ではない。100個あれば100個とも状態が違う。すべてを揃えようとするのではなく、正常V/Qの肺胞の割合をなるべく増やすという発想で設定を考えるほうが現実に即している。
PEEP――肺を潰さないための設定
PEEPが何をしているか
呼気と吸気の間、肺胞の中に何も残っていなければ肺胞は閉じていく。そこにわずかな圧を残しておき、空気が出入りしない状態でも肺胞を少し膨らませておく――これがPEEP(呼気終末陽圧)である。
狙いは低V/Qの領域を正常V/Qへ移すことにある。
PEEPの2つのメリット
1. 一度潰れた肺胞は、開くのがきわめて難しい。 古典的にはラプラスの法則(小さい球ほど内圧が高い)で説明されるが、実際の肺はこの単純な球のモデルどおりには振る舞わない。サーファクタントは肺胞が小さくなるほど表面張力を下げて虚脱を防ぐ方向に働くし、隣り合う肺胞は壁を共有して互いを引き止め合っている。臨床で効いてくるのはむしろ、いったん虚脱した肺胞を再び開くには、通常の換気圧よりはるかに高い圧が要るという事実のほうだ。だから潰さないほうが圧倒的に効率がよい。
2. せん断力による肺傷害を減らせる。 肺胞が潰れて組織がくしゃくしゃになった状態から広げようとすると、組織どうしの摩擦のような力が働き、傷つきやすくなる。開いたり閉じたりを繰り返させないほうが、膨らみやすく、ダメージも少ない。
リクルートメント手技で一度しっかり膨らませてからPEEPをかけると、クロージングボリュームを上回る肺胞が維持される。肺水腫のようにサーファクタントが失われ、外側から潰れやすくなっている病態では、内側から押さえておく意味が大きい。
PEEPのデメリット
胸腔内圧を陽圧に保ち続けるため、胸腔内の大血管が圧迫され、静脈還流量が下がる。結果として血圧が下がりやすくなる。 これがPEEPの最大の代償である。
ただし正確に言えば、これはPEEP固有の副作用ではない。陽圧換気そのものが持つ代償であり、PEEPはそれを呼気相まで延長することで効果を強めている。PEEPを使わなければ循環に影響がない、という話ではない。
肺水腫の症例は心拍出量が落ちていることも多い。血圧が保てる範囲で酸素化をなるべく保つという優先順位を崩さないことが重要になる。
また、PEEPをかけすぎれば気道内圧の上昇そのものが肺傷害を招く。FiO₂と同じで、必要なだけという原則が当てはまる。
実際の開始値
人医領域ではFiO₂ 0.3〜0.4、PEEP 4〜5 cmH₂Oあたりから始めるとうまくいくとされる。まずこの程度で開始し、PaO₂とSaO₂を評価して調整していく。
ただし、この人医由来の数字をそのまま犬に持ち込んでよいかは、いま検証が進んでいる最中である。
犬のエビデンス――健常肺にPEEPをルーチンで使う根拠は乏しい
犬を対象としたランダム化比較試験が近年3本出ており、いずれも同じ方向を向いている。肺が健常な犬では、術中のPEEPやリクルートメント手技は術後の酸素化を改善しない。
- García-Sanz ら(2021) — 背側臥位手術を受けた肺健常犬32頭を、自発呼吸/通常換気/リクルートメント+個別化PEEP(PEEPmaxCrs+2)の群に割り付けた。抜管後のPaO₂はどの時点でも群間差がなかった。術中は酸素化が改善したものの、抜管後早期には消失している。
- Soares ら(2021) — 健常ビーグル7頭で4段階のPEEPを比較。PEEPは投与5分の時点で全レベルで平均血圧と心係数を低下させた。動脈酸素化と酸素運搬指数(DO₂I)は改善せず、PEEPmaxCrs+4ではDO₂Iがむしろ低下した。
- Martin-Flores ら(2022) — TPLO予定の健常犬30頭で、高FiO₂+PEEPなし/高FiO₂+PEEP 5/FiO₂ 0.4+PEEP 5を比較。術中のF-shuntはFiO₂ 0.4群でのみ有意に低かったが、術後4時間のPaO₂には群間差がなかった。抜管そのものによって無気肺が解消するためと考えられている。
ここから引き出せる実務上の含意は3つある。
1. 健常肺の短時間手術に、PEEPをルーチンで足す理由は現時点では乏しい。 むしろ血行動態の代償のほうが確実に起こる。
2. 一方、FiO₂を下げることは術中のシャントを確実に減らす。 健常犬では、PEEPを足すより先にFiO₂を必要な最小限まで下げ、必要ならリクルートメント手技を併用するほうが理にかなっている。
3. PEEPの出番は「肺が健常でない場面」にある。 誤嚥性肺炎、ARDS、肺水腫、肥満、腹腔鏡、開胸、長時間麻酔――こうした条件では上記の試験の結論は外挿できず、PEEPの意義が改めて出てくる。上記3試験はいずれも健常肺・短時間・特定の体位に限定された結論であることを、そのまま覚えておきたい。
なお元の講義では「小型犬は恩恵が見えにくく、大型犬ほどPEEPの恩恵を受けやすい」という臨床上の実感が語られている。小型犬でも画像上の無気肺領域は減るとされる。ただしここで挙げた犬の試験が支持しているのは体格の軸ではなく、肺が健常かどうかの軸である。体格差については現時点で質の高い比較データが乏しく、臨床的な印象として扱うのが正直なところだろう。
傷害肺では一回換気量を下げる
ここまでの一回換気量10〜15 mL/kgは、肺が健常な場合の目安である。肺水腫、誤嚥性肺炎、ARDS的な病態では話が変わる。傷害された肺は健常部分が減っているため、同じ一回換気量を入れれば残った健常肺だけに集中して過伸展が起こる。
こうした症例では一回換気量をむしろ下げ、必要な換気は呼吸回数で補う。気道内圧の上限もより厳しく見る。これが肺保護換気の考え方であり、健常肺の数字をそのまま病的肺に当てないことが要点になる。
まとめ――モードより先に、考え方を持つ
人工呼吸管理の設定は、次の順で考えると迷いにくい。
換気(CO₂を捨てる)
- 死腔換気の割合を下げ、肺胞まで届く一回換気量を先に確保する
- そのうえで呼吸回数を掛ける。速く浅くではなく、ゆっくり深く
- ETCO₂で評価し、PaCO₂との差5 mmHg程度を頭に置く
酸素化(O₂を届ける)
- 酸素運搬量はほぼSaO₂ × Hbで決まる。PaO₂の直接の寄与は小さい
- SaO₂を保つためにPaO₂を100〜200 mmHgに置く。それ以上は弊害だけが増える
- 肺を潰さない。低V/Q・シャントを作らないことが酸素化の本体
- ただし健常肺の犬にPEEPをルーチンで足す根拠は乏しい。まずFiO₂を下げる
両者をつなぐのがV/Qミスマッチ
- 高V/Qに寄れば死腔が増えてCO₂が捨てられない
- 低V/Qに寄ればシャントができて酸素化が悪くなる
- 真ん中に寄せる設定を狙う
これを達成できるなら、PCVでもVCVでも構わない。アシストモードを使っても使わなくてもよい。 モードは手段である。
大事なのは、この考え方を持ったうえで、それを達成するにはどのモードが適しているかを自分で考えられることだ。設定値を暗記するのではなく、なぜその設定なのかを説明できる状態を目指したい。
参考文献
- García-Sanz V, Aguado D, Gómez de Segura IA, et al. Individualized positive end-expiratory pressure following alveolar recruitment manoeuvres in lung-healthy anaesthetized dogs: a randomized clinical trial on early postoperative arterial oxygenation. Vet Anaesth Analg. 2021;48(6):841–853. doi:10.1016/j.vaa.2021.03.019
- Soares JHN, Braun C, Machado ML, et al. Cardiovascular function, pulmonary gas exchange and tissue oxygenation in isoflurane-anesthetized, mechanically ventilated Beagle dogs with four levels of positive end-expiratory pressure. Vet Anaesth Analg. 2021;48(3):324–333. doi:10.1016/j.vaa.2021.01.007
- Martin-Flores M, Araos JD, Daniels ZS, et al. Effects of intraoperative positive end-expiratory pressure and fraction of inspired oxygen on postoperative oxygenation in dogs undergoing stifle surgery. Vet Anaesth Analg. 2022;49(3):275–281. doi:10.1016/j.vaa.2022.02.002
本記事はPetNapのインターン向け講義「呼吸生理と人工呼吸管理」の内容を再構成したものです。PEEPの項は講義後に犬の臨床試験を踏まえて加筆しています。なお講義中はヘモグロビンの酸素結合能を概数の1.3として述べていますが、本稿では慣用値の1.34に統一しました。監修:風間 匠(DVM, MS, DACVAA|米国獣医麻酔疼痛管理専門医)