注射麻酔薬の基本|鎮静と導入を分けるのは「挿管できるか」
鎮静と導入は、どこで線を引けばいいのか。この記事はその線を「挿管できる深さかどうか」の一本に絞って整理します。麻酔深度の4段階と発揚期、静脈内投与と筋肉内投与の使い分け、そして注射麻酔薬の弱点である「深さを戻せない」こと。獣医領域で使う5系統も並べました。動物看護師の方に向けて書いています。読み終えるころには、鎮静と導入のどちらの準備が要る場面かを言えるようになります。
注射麻酔薬とは何を指す言葉か
注射麻酔薬は、一般に導入に用いられる薬の総称として使われます。
ただ、この言葉だけでは輪郭がぼやけます。鎮静薬も注射で入れるからです。そこでこの回では、鎮静に使う薬と、導入に使う薬の違いから入ります。その違いがはっきりすると、注射麻酔薬という言葉が指しているものも自然に決まります。
麻酔の4要素、あるいは5要素
麻酔という状態は、いくつかの要素の集まりとして説明されます。
- 意識の消失
- 鎮痛
- 鎮静(構成要素としてのこれは、教科書では催眠 hypnosis と呼ばれます。刺激で覚醒しうる「状態としての鎮静」より深い)
- 筋弛緩
- (人の麻酔では)忘却――麻酔中の記憶が残らないこと
- 有害な自律神経反射の消失
数え方によって4つとも5つとも言われます。数そのものより、麻酔は単一の作用ではなく、複数の要素が同時に成り立っている状態だという点が要点です。
麻酔薬は、中枢神経での濃度が上がるにつれて脳の活動を止めていき、意識が消える・記憶が残らないといった作用を作り出します。
麻酔深度の4段階と、発揚期
脳の活動が落ちていく過程には段階があります。おおよそ4つに分かれます。
| 段階 | 状態 |
|---|---|
| ① 覚醒 | 薬を入れる前 |
| ② 発揚期 | 一時的に興奮する時期 |
| ③ 外科的麻酔期 | 挿管が可能な深さ |
| ④ 深麻酔 | 意識も記憶もない |
発揚期とは
プロポフォールをゆっくり入れていくと、動物が途中で足を掻くような動き(クローリング)を見せることがあります。あれが発揚期です。
見た目は「効いていない」ように映りますが、実際には麻酔が浅い段階を通過している最中です。ここで手を止めると、動物はこの不安定な段階に留まってしまいます。
鎮静と導入を分ける線――挿管できるかどうか
鎮静と導入の違いは、この段階のどこに留まるかで説明すると簡単になります。
- 鎮静――覚醒から少し眠くなり、発揚期を迎えるか迎えないかの手前で留まる状態
- 導入――静脈内に薬を投与して麻酔深度を一気に深くし、挿管可能な状態まで持っていくこと
実務的には、次の線で捉えると分かりやすいと考えています。
鎮静薬は挿管できる深さまでは連れて行かない。注射麻酔薬は挿管できる深さを作る。
これは厳密な定義というより、現場で準備を判断するための目安です。
この線が引けると、判断が変わります。「鎮静だから軽い処置」ではなく、「挿管できる深さに入っているかどうか」で必要な準備が決まるからです。
逆に言えば、注射麻酔薬を浅めに使えば鎮静状態も作れます。薬の側に鎮静用・導入用という区別があるのではなく、どこまで深くするかの問題です。
静脈内投与(IV)の利点
静脈内投与の最大の利点は、すぐに挿管できる状態に持っていけることです。そして挿管できると、次のことが可能になります。
| できること | 意味 |
|---|---|
| 酸素の投与 | 低酸素に対する余裕が生まれる |
| 換気のコントロール | 手動のバギング、あるいは人工呼吸器への接続でCO2を管理できる |
| 誤嚥の防止 | カフを膨らませることで、胃内容物が気道に入るのを防ぐ |
3つ目は特に大きな利点です。麻酔下では嚥下反射も咳反射も失われるため、誤嚥を物理的に防ぐ手立てが要ります。カフはそのための仕組みです。
もう1つ、静脈内投与には発揚期を素早く通り抜けられるという利点があります。ゆっくり入れると発揚期に長く留まりますが、必要量を適切な速度で入れれば、その時期を短くできます。
筋肉内投与(IM)の使いどころ
筋肉内投与は、血管が取れない動物、近づくのが難しい動物に対する一手です。静脈路の確保を待たずに深い鎮静へ持っていけます。
ただし、筋肉内投与ができる薬は限られます。ケタミン系やアルファキサロンなどが該当し、プロポフォールとエトミデートは静脈内投与のみです。
補足 国内で承認されている用法は薬ごとに異なります。本記事で紹介している使い方の中には適応外使用にあたるものが含まれます。実際の使用にあたっては、手元の添付文書を確認してください。
注射麻酔薬の欠点――深さを戻せない
注射麻酔薬の欠点は、麻酔深度の調節が難しいことです。
吸入麻酔薬は、濃度を下げれば肺から抜けていきます。深くしすぎたと気づいたときに、戻す手立てがあります。
注射麻酔薬は、いったん体内に入れてしまえば、代謝と再分布が終わるのを待つしかありません。入れる方向には強く、戻す方向には弱い――これが性質です。
だから注射麻酔薬は、効果を見ながら少しずつ入れる(to effect)のが原則になります。計算した量を一度に押し込むのではなく、動物の反応を見て刻みます。この作法が、無呼吸と低血圧を減らします。
獣医領域で使う5系統
普段使う注射麻酔薬は、次の5系統に整理できます。
| 系統 | 代表的な薬 |
|---|---|
| バルビツール酸系 | ペントバルビタール、チオペンタール |
| 解離性麻酔薬 | ケタミン |
| アルキルフェノール系 | プロポフォール |
| イミダゾール系 | エトミデート |
| ニューロステロイド系 | アルファキサロン |
補足 動物用ペントバルビタール製剤(ソムノペンチル)は2019年に国内販売が終了しています。バルビツール酸系は、歴史的な位置づけと、他剤との比較のための紹介としてお読みください。
薬ごとに押さえる項目
各論に入る前に、どの薬でも同じ枠で整理しておくと頭に入りやすくなります。
- 用量(犬・猫それぞれ)
- 投与ルート(IVのみか、IMも可か)
- 作用時間
- 主作用(何を、どの受容体を介して起こすか)
- 副作用(循環・呼吸・その他)
- 体内動態(何で覚めるのか、何で消えるのか)
- 製剤の特徴(濃度、溶媒、保存)
次回以降は、この枠に沿って1剤ずつ見ていきます。
まとめ
- 注射麻酔薬は、挿管できる深さを作る薬。鎮静薬はそこまで連れて行かない
- 麻酔深度には段階があり、途中に発揚期があります。ゆっくり入れると、そこに留まります
- 静脈内投与の利点は挿管できること。挿管の利点は酸素・換気・誤嚥防止の3つ
- 筋肉内投与は血管を取れない動物への一手。ただし使える薬は限られる
- 注射麻酔薬は入れる方向には強いが、戻す方向には弱い。だから to effect が原則
- 系統は5つ。次回以降、同じ枠で1剤ずつ整理していく
この記事の元になった講義
VT薬理学セミナー 第2回「注射麻酔薬の基本:鎮静との違い」(14分04秒)
https://youtu.be/6h0pHZPrURo
講師:風間 匠(DVM, MS, DACVAA/米国獣医麻酔疼痛管理専門医)
※本記事は2023年12月に収録した講義をもとに構成しています。製剤の入手性や法令上の扱いは収録後に変わっているものがあります。
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