鎮静と全身麻酔を分けるもの|眠らせることは、麻酔ではない
「麻酔をかける」を「眠らせる」と説明してしまうと、その先が続きません。眠っている動物と全身麻酔下の動物は、別の状態だからです。この記事では、鎮静と全身麻酔が意識と自律神経反応のどこで分かれるのか、全身麻酔を成立させる4つの条件、そして麻酔を担当する人が担う2つの役割を整理します。動物看護師の方に向けて書いています。読み終えるころには、飼い主さんへの説明の言葉が変わります。
「寝ている」は麻酔の説明になっていない
麻酔がかかっている動物を思い浮かべてください。挿管されて横になり、刺激に反応しない――多くの人がその絵を浮かべます。
けれども、その絵は全身麻酔の結果の一部を写しているだけで、全身麻酔が何であるかを説明していません。動物が眠っているように見える状態は、鎮静でも作れるからです。
全身麻酔という状態には、眠っていることに加えて、痛みを感じていないこと、刺激に対して反射を起こさないことが必要です。この2つが抜けたまま「寝ているから麻酔がかかっている」と判断すると、手術中に動物が痛みを受け取っている可能性を見落とします。
この回では、その線引きを言葉にしていきます。
鎮静と全身麻酔を分ける2つの軸
鎮静と全身麻酔の違いは、次の2つで定義されます。
| 鎮静 | 全身麻酔 | |
|---|---|---|
| 意識 | 少し眠い〜呼びかけに応じない(ただし強い刺激では反応が戻りうる) | 完全に消失 |
| 刺激への自律神経反応 | 残っている(血圧・心拍数・呼吸数が上がる) | 消失している |
鎮静という言葉は幅の広い言葉です。少しぼんやりしている状態も、呼びかけても起きない状態も、どちらも鎮静に含まれます。けれども鎮静である限り、痛みなどの刺激を加えれば、血圧が上がる・心拍数が上がる・呼吸が速くなるといった反応が少なからず返ってきます。
全身麻酔は、意識が完全に消えているうえに、その自律神経の反応も消えている状態を指します。
共通しているもの
どちらも、薬によって中枢神経系(脳と脊髄)が抑制されているという点では同じです。違うのは深さと、その深さに伴って何が消えているかです。
つまり鎮静と全身麻酔は、まったく別の現象が2つあるのではなく、ひと続きの深さの上にある2つの領域だと考えると理解しやすくなります。
鎮静を深めていくと、体に何が起きるか
覚醒している動物に鎮静薬を効かせていくと、次の順で変化が進みます。
- 不安が消える
- 意識が薄れ、やがて消える
- 正常な反射が消える ―― 舌が落ち込み、気道が閉塞する
- 呼吸が止まる/循環が破綻する
ここで大事なのは、3番目の段階です。舌根が沈下して気道がふさがると、動物は窒息します。この深さに入った時点で、気道確保(挿管)が必要になります。
「鎮静だから気道の準備は要らない」という理解は、この段階を知らないことから来ます。深い鎮静は、気道の管理という点では全身麻酔と同じ準備を要求します。
さらに深くして全身麻酔の領域に入ると、呼吸が止まり、循環が破綻していきます。ここでは人工呼吸管理と循環の管理が必要になります。
そして全身麻酔の状態では、痛みの刺激に反応しない状態が作られます。
全身麻酔を定義する4つの条件
ざっくりした違いは以上ですが、全身麻酔を定義するには、もう少し細かい条件が要ります。次の4つです。
| 条件 | 意味 |
|---|---|
| 鎮静(催眠) | 意識がなく、不安を感じない。構成要素としてのこの「鎮静」は、前半で扱った状態としての鎮静より深い(教科書では催眠 hypnosis と呼び分けます) |
| 鎮痛 | 痛みを感じない |
| 筋弛緩 | 体動が生じない |
| 有害な自律神経反射の消失 | 侵害刺激で血圧・心拍数が上がらない状態。主に鎮痛と麻酔深度で達成される、4つのなかで最も達成が難しい条件 |
4つ目は、前の3つが揃ってはじめて土台ができる条件です。ただし自動的についてくるものではありません。吸入麻酔薬でいえば、体動を止める濃度(1 MAC)よりも、自律神経反応を抑える濃度(MAC-BAR、およそ1.3〜1.5 MAC)のほうが高くなります。自律神経反応は、麻酔の指標のなかで最後まで残ります。
麻酔中に心拍数・血圧が上がったら、まず「鎮痛が足りていない」「麻酔が浅い」を疑ってください。動かないことは、痛みを受け取っていない証拠にはなりません。
この整理が効くのは、麻酔が浅いと感じたときです。「眠りが浅いのか」「痛みが取れていないのか」「体動なのか」を切り分けて考えられるようになると、足すべき薬が変わります。
補足 筋弛緩薬は意識も痛みも取りません。末梢性の筋弛緩薬を使う場合は、必ず人工呼吸と神経筋モニタリング(TOFモニター)、そして拮抗薬の準備が要ります。「動かない=麻酔が効いている」ではありません。
なぜ全身麻酔をかけるのか――そして、その代償
教科書的には、麻酔の目的は「ストレス・痛み・不快感を最小限にしながら、処置を安全に実施できる状態をつくること」と定義されます。私はこれを、大きな手術の侵襲から体を守ること、と言い換えて理解しています。
一方で、全身麻酔は言い方を変えると、薬によって動物を仮死状態にしているとも言えます。実際、全身麻酔では次のことが起こります。低体温はほぼ必ず、呼吸抑制と血圧低下は薬剤と用量しだいで、程度の差はあれ起こると考えて備えます。
- 意識がなくなる
- 神経系の正常な反応がなくなる
- 呼吸が浅く・遅くなる(深ければ止まる)
- 血圧が下がる(重度なら循環が破綻する)
- 低体温になる
これらは、放っておけば命が失われる状態です。だからこそ、麻酔を担当する者が積極的に介入しなければならない、と言われています。
麻酔は「かけるもの」ではなく「かけ続けながら支えるもの」という理解が、ここから出てきます。
役割① 麻酔状態を維持する
麻酔を担当する者には2つの大きな役割があると私は考えています。1つ目は、全身麻酔状態を維持することです。意識をなくし、有害な自律神経反射を防ぐことで、手術や検査を安全に進められるようにします。
使う薬は大きく4つに分かれます。
- 注射麻酔薬
- 吸入麻酔薬
- 鎮痛薬
- 筋弛緩薬
バランス麻酔という考え方
これらを組み合わせて全身麻酔の状態を得る方法を、バランス麻酔と呼びます。
たとえばA・B・Cという薬があったとします。
| 薬 | 鎮静 | 鎮痛 | 筋弛緩 |
|---|---|---|---|
| A | 強い | 弱い | なし |
| B | 弱い | 強い | なし |
| C | なし | なし | あり |
1剤で全部をまかなおうとすると、その薬を大量に使うことになり、その薬の副作用も大きく出ます。組み合わせて使えば、それぞれの用量を抑えたまま、鎮静・鎮痛・筋弛緩をバランスよく揃えられる。結果として各薬剤の副作用を減らせるのが、バランス麻酔の利点です。
役割② 崩れる恒常性を支える
2つ目の役割は、薬によって失われる体の恒常性を正常に保ってあげることだと考えています。麻酔で崩れるものと、それに対する介入は対応しています。
| 崩れるもの | 介入 |
|---|---|
| 上部気道の閉塞 | 挿管などの気道確保 |
| 換気と酸素化の低下 | 人工呼吸管理、高濃度酸素の吸入 |
| 循環の破綻 | ①麻酔を浅くする・原因を探す ②輸液 ③昇圧・強心薬 |
| 低体温 | 加温 |
※血圧が下がったとき、最初に打つ手は昇圧薬ではありません。麻酔を浅くする、原因(出血・不整脈・体位・陽圧換気)を探す、輸液――が先で、昇圧薬はその次です。手順は後の回で扱います。
そしてこれらの介入を適切な時に行うために、モニターを継続的に行うことが必要です。
何をモニターするかも後の回で扱いますが、犬猫の全身麻酔で最低限そろえたいのは、循環(心電図・血圧)/酸素化(SpO2)/換気(ETCO2)/体温、そして麻酔記録です(AAHA Anesthesia and Monitoring Guidelines 2020)。
つまり安全な麻酔には、3つが揃っていなければなりません。
- モニターや気道確保の設備
- 正しい知識
- それを扱う人員
どれか1つでも欠けると、崩れた恒常性に気づけないか、気づいても対処できません。
まとめ
- 全身麻酔は「眠っている状態」ではない。眠り+痛みを感じない+反射が起こらない
- 鎮静と全身麻酔は、意識の状態と刺激への自律神経反応で分かれる
- 深い鎮静はすでに気道が閉塞しうる。鎮静だから気道の準備が要らない、ということはない
- 全身麻酔の条件は鎮静・鎮痛・筋弛緩と有害反射の消失。4つ目は自動では付いてこず、最後まで残る
- 全身麻酔は体にとって仮死に近い状態を作ります。だから維持と支持の2つを同時に行う
- 支えるためには、設備・知識・人員の3つが要る
次回は、その麻酔状態を作る入口である注射麻酔薬を扱います。鎮静と導入を分けるのは何か、というところから始めます。
この記事の元になった講義
VT薬理学セミナー 第1回「麻酔とは何か」(11分53秒)
https://youtu.be/IEMXwc-gbUI
講師:風間 匠(DVM, MS, DACVAA/米国獣医麻酔疼痛管理専門医)
※本記事は2023年12月に収録した講義をもとに構成しています。薬の効き方や量の考え方は変わりませんが、製剤の入手性や法令上の扱いは収録後に変わっているものがあります。
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