Korotkoff 音とは何か:聴診法血圧測定の 5 phase を獣医麻酔の視点で読み解く
Korotkoff 音は、cuff 圧と動脈圧の関係から生まれる「乱流の音」であり、5 つの phase に分かれて収縮期血圧 (systolic arterial pressure, SAP) と拡張期血圧 (diastolic arterial pressure, DAP) を直接示します。麻酔モニタリングの血圧測定は oscillometric 法(振動法)が主流ですが、その精度を疑った時に立ち返るべきなのが聴診法(auscultatory method)です。本記事では Miller's Anesthesia 10e 第32章 Cardiovascular Monitoring の記述に基づき、Korotkoff 音の 5 phase、原理、限界、cuff 部位の影響を整理します。
H2-1. Korotkoff 音とは:血流の遷移を音として捉えたもの
Korotkoff 音とは、ある特定の音そのものではなく、cuff 減圧の過程で動脈の血流が「完全遮断 → 部分流通 → 完全流通」と変化する際の遷移を音として捉えたものです。動脈に巻いた cuff を緩慢に減圧する過程で、cuff 圧と動脈圧の関係から生じる乱流由来の audible signals(聞こえる音)を捉えます。
歴史的には 1896 年に Riva-Rocci が cuff 圧迫 + 触診による方法を提唱し、1905 年に Korotkoff が聴診を加えて現在の間接血圧測定法が完成しました。
別名には Korotkoff method、auscultatory blood pressure、sphygmomanometry(聴診式血圧測定)、Riva-Rocci method(manual cuff 部分)がある。
H2-2. 5 つの Phase:どこが SAP で、どこが DAP か
Miller's 10e 第32章では、Korotkoff 音は以下の 5 phase に分類されます。
- Phase I:最初に聞こえる sharp tapping sound(鋭い叩くような音)。この最初の音が出現した時点の cuff 圧が SAP に相当します。
- Phase II:softer murmur sound(やや柔らかい、ざわめくような音)。
- Phase III:louder, sharper sound(より大きく、鋭い音)。
- Phase IV:muffled sound(こもった音)。
- Phase V:音消失。この消失点が DAP に相当し、laminar flow(層流)への復帰を意味します。
Phase I の出現が SAP、Phase V の消失が DAP。臨床で聴診法を使う時、この 2 点が判定の核となります。
H2-3. 音が生まれる原理:turbulent flow から laminar flow へ
音の正体は流体力学的な乱流です。cuff inflation(加圧)で動脈血流を完全に遮断した後、緩慢に減圧していくと、cuff 圧が動脈圧を下回った瞬間から部分的な血流が再開します。この部分流通で 乱流 (turbulent flow) が生じ、音として聞こえます。
cuff 圧がさらに下がり動脈が完全に開通すると、血流は 層流 (laminar flow) に戻り、音は消失します。Miller's 10e はこの「noisy turbulent flow から quiet laminar flow への移行が DAP」と明記しています。
聴診法は SAP・DAP のどちらも直接測定する点が特徴です。oscillometric 法(振動法)は MAP(平均動脈圧, mean arterial pressure)を直接測定し、SAP・DAP は推定値にとどまります。
H2-4. 精度を落とす 5 つの限界:いつ聴診法が信用できなくなるか
聴診法は理論的には堅牢ですが、現実の臨床では精度低下要因がいくつもあります。Miller's 10e 第32章が挙げるのは次の 5 つです。
- 音/振動伝達を妨げる物理条件:環境温、severe edema(重度浮腫)、abnormal compliance(異常コンプライアンス)、shock、severe vasoconstriction(重度血管収縮)。
- cuff サイズ不適合:適切な cuff width = 上腕周囲の 40%、cuff length = 上腕周囲(arm circumference)の 80%。※ Miller's 10e の原文表記は arm length だが、AHA および ACVIM Consensus 2018(Acierno et al. J Vet Intern Med 2018;32:1803-1822)の推奨(80% of arm circumference)が国際標準。本稿では正しい基準を採用した。
- cuff 大きすぎ → 偽性低値、cuff 小さすぎ → 偽性高値。Miller's は oversized より undersized の方が問題と明記しています。
- 不整脈:連続拍ごとに音強度が変化し、平均化が困難。
- 重度徐脈:gradual deflation rate(緩慢減圧速度)が必要となり、現代の電子機器では対応が難しい。
cuff サイズの 40%/80% ルールは聴診法でも oscillometric 法でも基本となる原則です。獣医麻酔では体格差が大きく、cuff サイズの選択が血圧値そのものを動かす点は常に意識すべきです。
H2-5. Cuff 部位の影響:上腕がベスト、足首がワースト
Cuff をどこに巻くかも精度を左右します。
- 上腕:最頻用かつ最も精確。心臓レベルに近接しているため。
- 足首:最も精度が低い。
- 横臥位:nondependent arm(上側の腕)は使用しない。心臓レベルとの hydrostatic 圧差で誤差が出るため。
- 肥満症例:前腕・手首が上腕より精確。上腕は adipose(脂肪)過剰により、高い inflation 圧が必要となり、結果として過大評価につながる。
獣医麻酔では橈骨遠位・上腕・大腿・尾根部・足根など部位の選択肢が多岐にわたります。本稿は犬猫の具体的な部位選択には踏み込みませんが、「心臓レベル近接かつ hydrostatic 圧差を最小化する」「過大な adipose を避ける」という原則は種を問わず通底します。
まとめ:聴診法の核心 3 点
聴診法血圧測定(Korotkoff 法)の要点は次の 3 つです。
- Phase I 出現 = SAP、Phase V 消失 = DAP。聴診法は SAP・DAP を直接測定する(oscillometric は MAP 直接測定)。
- 音は乱流(turbulent flow)由来であり、層流(laminar flow)への移行点が DAP。
- cuff サイズは width 40%・length 80%(いずれも上腕周囲基準)、undersized が特に問題(偽性高値)、部位は上腕がベスト・足首がワースト。
聴診法は基礎中の基礎でありながら、現代の oscillometric 法を読み解く時にも、その「比較対象」として理解しておくべき方法です。
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